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厳格な血糖コントロールによる糖尿病合併症減少効果と弊害

No.4730 (2014年12月20日発行) P.55

後藤 温 (東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学第二講座)

登録日: 2014-12-20

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

厳格な血糖コントロールにより糖尿病合併症のリスクが減少することを示すエビデンスが蓄積してきていますが,現実にはどの程度合併症発症率が低下しているのでしょうか。また,厳格な血糖コントロールによる弊害はどの程度ありますか。日本糖尿病学会編「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013」では血糖コントロール目標値の分類が大きく変わりましたが,その背景や目的も含めて,東京女子医科大学・後藤 温先生に。
【質問者】
能登 洋:聖路加国際病院内分泌代謝科医長

【A】

複数の臨床試験により,厳格な血糖コントロールは,神経障害,網膜症,腎症などの細小血管症のリスクを減少させることが示されています。
わが国で1987年から開始されたKumamoto studyでは,インスリン治療中の2型糖尿病患者110名を強化療法群と標準療法群の2群にランダムに割り付けました。強化療法群に対しては,Hb A1c(NGSP)7.4%未満,空腹時血糖値140mg/dL未満,食後2時間血糖値200mg/dL未満を目標に速効型・中間型インスリンの頻回注射,標準療法群に対しては,高血糖・低血糖による症状を起こさないこと,空腹時血糖値140mg/dL未満とすることを目標に中間型インスリン1回注射による血糖コントロールが行われました。
その結果,試験期間中の平均HbA1cは,強化療法群で7.6%,標準療法群で9.8%となり,6年後には強化療法により網膜症リスクが69%(=相対リスク減少率, 95%信頼区間;24~87%)減少し,絶対リスク減少率は24.6%でした。腎症の相対リスク減少率は70%(95%信頼区間;14~89%),絶対リスク減少率は20.4%でした。
この結果から,強化療法により細小血管症リスクが大きく低減することが示唆されます。しかし,リスク低減がみられなかった海外の研究結果も発表されており,患者背景や治療法の違いなどにより強化療法のリスク低減効果にばらつきがみられると考えられます。したがって,Kumamoto studyの結果がすべての糖尿病患者や治療法に適用されるとは限らないことに留意が必要です。
一方,Kumamoto studyでは,強化療法による心筋梗塞や脳卒中などの大血管症のリスク低下は明らかではありませんでした。最近発表された大規模臨床試験においても,強化療法は明らかな大血管症抑制にはつながらず,むしろ重症低血糖が高頻度に出現し,ACCORD試験では総死亡リスクが22%上昇しました。重症低血糖を誘発するような強化療法は,予後悪化につながる可能性があることにも留意すべきでしょう。
日本糖尿病学会は,従来,血糖コントロール指標として,HbA1c 6.2%未満が「優」,6.2~6.9%未満が「良」,6.9~8.4%未満が「可」,8.4%以上が「不可」と分類していました。しかし,「優」という分類は低血糖リスクも考慮せずにHbA1cを下げるほど良いという誤解を招く可能性がある,「不可」は否定的な表現であることなどをふまえ,2013年より分類を大きく変更しました。
策定にあたり,患者と医療者がともにめざす糖尿病治療の目標とすること,Kumamoto studyにおいてHbA1c 6.9%未満では網膜症や腎症の進展が認められなかったこと,UKPDS,DCCTなどの海外の試験結果,国際的な基準との整合性などを考慮して,多くの糖尿病患者における合併症予防を目的とした目標値はHbA1c 7.0%未満とすることが定められました。一方,適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合,または低血糖などのない状態での目標値を6.0%未満とし,治療の強化が難しい場合には8.0%未満を目標とすると定められました。
年齢,低血糖リスク,サポート体制などを考慮した患者ごとの目標値設定が重要で,患者と医療者がよく相談して目標値を設定し,適切な糖尿病治療が選択されることが望ましいと考えます。

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