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眼科手術不適応症候群の治療選択

No.4700 (2014年05月24日発行) P.61

若倉雅登 (井上眼科病院名誉院長)

登録日: 2014-05-24

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

白内障手術や近視矯正などの眼科手術を受けた後に生じた,術前には存在しなかった眼痛,眼乾燥感,眼精疲労,さらには注意力の減退,頭痛,嘔気・嘔吐などにより「仕事を続けられない」という相談を患者さんから受けることがしばしばあります。
私はドライアイ,術後に発生した屈折異常や不同視などを調べ,黄斑上膜による変視症も考え,必要に応じMRIも依頼し,脳神経疾患も考えます。また,うつ病(抑うつ状態)自己評価尺度(The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale:CES-D)検査も行って対応を決めています。
「眼科手術不適応症候群」という言葉の提唱者である井上眼科病院・若倉雅登先生は,その病因と治療をどのようにお考えでしょうか。特に器質的疾患がみつからない場合について。
【質問者】
清澤源弘:清澤眼科医院院長

【A】

眼科手術の進歩で,白内障手術やレーシック〔laser(-assisted)in situ keratomileusis:LASIK〕手術は,ほとんどリスクを考えないでよいレベルになりました。それゆえ,白内障手術は白内障による視力低下があまりなくても視力の質を高めるために,レーシック手術は眼鏡やコンタクトレンズを装用しなくても視力が得られる手段として,比較的手軽に行われる傾向が現れてきました。
99%以上で満足のいく結果が得られるので,この傾向に異を唱える人は少数です。しかし,手術結果に満足できないごく限られた事例も確かにあります。しかも手術合併症や,手技に落ち度があった結果ではないものが大半です。
結果に過大な期待があったという程度のものから,日常生活に支障が出て手術をしたことを悔やみ,医師に対する不信感を募らせトラブルになる場合もあります。諦めきれずに神経眼科,心療眼科を専門とする医師を探し当てて来院するのは一部でしょう。手術母数が巨大なだけにそうした症例をみる機会が多くなり,「眼科手術不適応症候群」として十分吟味すべきではと考えたのが,このような造語を提唱した理由です。
この症候群の中には,ご質問にある強度近視眼や元来不同視を有していた場合や,黄斑上膜などが原因で術後に不等像視や歪視を自覚する例も確かに散見されますが,器質的変化や両眼視機能異常もないのに,眼痛,羞明などを頑強に訴える例がより多くあります。代表は眼瞼痙攣と身体症状障害(DSM-5による)です。いずれも本症を熟知していないと診断困難です。
前者は局所ジストニアに属する中枢性疾患で,開瞼困難,羞明,眼部の執拗な不快感を伴います。他部位のそれのように不随意運動が前面に出ず,随意瞬目をさせてようやくわかる程度のものが多いために診断を難しくしています。ベンゾジアゼピンなどGABA(γ-aminobutyric acid)-A受容体作動性薬の連用が原因のこともあります(文献1)。病歴をよく聞くと,術前から不快な自覚症状があったのに,十分検討せずに手術したことで本症の顕在化や悪化を招いた例もあります(文献2)。
後者は眼部疼痛性障害とも言われ,疼痛や羞明などの症状が存在する部位に病変があるかのような訴えをしますが,同部位(つまり眼部)には原因が同定されません。しかも,日常生活に支障が出るほどの強い愁訴が継続します。
対応は容易ではありません。まず,その症状が手術の失敗や合併症でないという保証を与えます。その上で,眼瞼痙攣であれば,原因となる薬物や精神的ストレスを極力遠ざけ,ボツリヌス毒素治療,遮光眼鏡やクラッチ眼鏡の応用といった対症療法を行います。
身体症状障害はしばしば難治です。私の経験では,その約65%でSSRI(selective serotonin reuptake inhibitor)かSNRI(serotonin norepinephrine reuptake inhibitor)が奏効します。ただ,患者の訴えや不満を十分共感を持って聞き,彼らの不都合の存在を医師が認めることから出発しなければ改善は望めません。

【文献】


1) Wakakura M, et al:J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2004;75(3):506-7.
2) 田中あゆみ, 他:神経眼科. 2013;30(4):393-8.

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