全国各地の刑事施設は、A、B、Lなどのアルファベットで表記する「処遇指標」で収容する受刑者が定められており、執行刑期10年以上(無期刑を含む)で、かつ再犯者・累犯者など犯罪傾向が進んでいる男性を主に収容するLB施設は全国に5カ所ある。シリーズ第3回は、LB施設の1つである熊本刑務所に矯正医官として長年従事し、医療スタッフや刑務官と連携しながら、重大犯罪を犯した受刑者の医療に日々取り組む女性医師の事例を紹介する。
呼吸器内科医として病院勤務をしていた若尾千幸さんが、矯正医官となり熊本刑務所に入職したのは2007年。民間病院に一時職場を変えたこともあるが、矯正施設での勤務期間は合わせて15年ほどに及ぶ。
「社会と関わりながら活躍できる場」を探して矯正医療に興味を持ち、熊本刑務所を見学した時、施設側は、女性医師がLB級の男性受刑者を収容する熊本刑務所に勤務することを想定しておらず、佐賀県の女子刑務所などでの勤務を勧めたという。しかし若尾さんの希望は地元の熊本一択。女性の矯正医官として全国で初めてLB施設に採用されることとなった。
「当時はトイレなど女性職員を受け入れる体制が整っておらず、『ここしか考えていません』と言ったら、施設の方は『本当にうちでいいのですか?』と結構慌てられました。その後、職場環境は随分変わり、女性職員の採用も増え、現在は保健課・医療課のスタッフ13人中7人が女性職員という状況です」
熊本刑務所は、殺人、強盗致死傷などの重大犯罪で収容された受刑者が約7割を占める。そんな受刑者の医療に携わることに若尾さんは全く躊躇がなかった。
「診察時は准看護師資格を持つ刑務官が付いてくれますし、訴訟には施設が対応するなど事前の説明もいただいていましたので、純粋に医療に携わろうというまっすぐな気持ちで入りました」
しかし矯正医官の仕事を進めるうちに、一般の医療との違いも実感するようになった。
「診療のスキル以外に『心』を必要とするのが矯正医療だなということを学びました。犯した罪と向き合い、自分の心と対峙できる精神をつくらなければ、矯正医療の目標である再犯防止につなげることができない。毅然とした態度を保ちつつ一人一人の性格を把握し、どう声掛けをすればよいかを考えています」
無期刑を含む長期刑受刑者の精神を変えるのは容易ではない。経験を重ねるごとに若尾さん自身の心の葛藤も深まるばかりだが、それでも諦めないのは、いつも被害者のことが念頭にあるからだ。
「熊本刑務所の受刑者は、重大事件や世間の耳目を集めた事件の加害者であることが多い。私たち矯正医官は、社会に代わって間近でその人の人生を見て矯正する責務を担っていると思っています。本来は『社会に代わって』ではなく『社会とともに』見ていくべきですので、矯正施設の中での生活ぶりなどを定期的に発信するシステムができれば、とも思っています」
困難な課題に悩みながら日々取り組む若尾さんだが、医療スタッフや刑務官との連携、さらに外部の医療機関、警察や検察庁との調整など、いろいろな意味で「オールラウンダー」であることが求められる矯正医官の仕事に心の底からやりがいを感じている。
「民間病院に職場を変えた時期に熊本地震があり、断水などが続く中、子育てをしながらの勤務に大変苦労しました。熊本刑務所は井戸水があるなどハード面が強く、子育てをしながら勤務する環境も整備されていましたので、いったん外に出て、医師として働くのにとても良い施設だと再認識しました」
若尾さんがLB施設での勤務を続けていること自体、刑務所・少年院などの矯正施設が女性医師でも安心して長く働ける職場であることを証明している。
「矯正施設は男性・女性、若手・ベテラン問わず医師が働きやすい職場です。私は兼業とフレックスタイムの制度を利用して、毎週木曜日に4時間、外部の精神科病院に勤務しています。LB施設の受刑者の疾患は高血圧症・腰痛症などの慢性疾患や不定愁訴が多く、内科や外科に限らずどの診療科の先生も十分対応できます。多様な疾患を幅広く診ることで視野が広がり、医師としての次のステップにもつながると思います」
受刑者の高齢化が進むLB施設では、刑期を終える前に病死するケースも多い。しかし、夜間は医療従事者がいないこともあり、施設内での看取りはなかなかできないのが実情だ。若尾さんはLB施設の今後の課題として、看取りも含めた医療体制の充実を挙げる。
「現状では外部病院や医療刑務所に負担をかけて看取りや死亡診断をしていただいており、施設内で看取りができないもどかしさをいつも感じています。LB施設だからこそ医療体制を充実させて、看取りまでを含めて医療を完結できるようにしていきたいですね」
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矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)