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[チームで支える矯正医療②:精神特化の医療刑務所における矯正医療]「社会が見捨てた人たちを治療介護する誇り」を持って、精神障害者をチームで診る〈提供:法務省矯正局〉

No.5205 (2024年01月27日発行) P.6

登録日: 2024-01-24

最終更新日: 2024-02-21

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刑務所・拘置所などの刑事施設のうち医療刑務所(医療専門施設)は全国に4カ所あり、東日本成人矯正医療センター(東京)と大阪医療刑務所(大阪)は身体科および精神科の治療を、岡崎医療刑務所(愛知)と北九州医療刑務所(福岡)は主に精神科医療を担っている。本シリーズの第2回は、精神疾患・障害を持つ受刑者を収容する北九州医療刑務所の迎伸彦所長にインタビュー取材し、他職種と連携しながら精神障害受刑者をチームで診る矯正医官のやりがい、精神特化の医療刑務所ならではの課題を聞いた。

北九州医療刑務所長 迎 伸彦医師

矯正医療は心を開くことから始まる

北九州医療刑務所の矯正医療では、精神障害を持つ受刑者とどうコミュニケーションを取るかが常に問題になる。下手に話しかけると相手を傷つけることになりかねないため慎重な対応が求められるが、所長の迎さんは、巡回する際、できる限り積極的に声をかける。

「ラウンドしながらちょっとしたことを聞くんです。『今日はどうかね、ご飯食べんかったの? 食わんと悪かよ。検食したけど、おいしかったよ』とか言うと、にっこりしたりする。矯正医療は心を開くことから始まると思っているので、毎日顔を見て話しかけていれば、いつか変わるはずと地道にやっています」

迎さんは精神科医ではない。専門は形成外科。矯正医官になる前は、北九州市内の民間病院で「メスで心を治す」医師として休みなく働き、身体に生じた組織の異常や変形、欠損などを正常に近づけ「人生に希望を持たせる」医療に打ち込んできた。

矯正医官に転身したのは、実家の事情で出身地の長崎県に戻らざるを得なくなったことがきっかけだった。矯正医官の公募を見て佐世保刑務所を見学。職場環境を確認し、常勤医師として働くことを決めた。

「私は『困っている人を助けたい』という気持ちもあって医師になったわけですが、刑務所の中にも、ドクターが足りないためきちんとした治療を受けられず困っている人がいる、ということが分かったんです」

受刑者を診る矯正医療への抵抗感は全くなかった。

「身体に模様が入った人を怖がる先生もいらっしゃいますが、私は指をくっつけてきた方ですから。そういう人を診るのは慣れていましたね」

「他職種と関わりができること」もやりがい

佐世保刑務所での1年半の勤務を経て、2019年4月に北九州医療刑務所の所長に任命された。「社会が見捨てた人たちを治療介護する誇り」「戒護職員(刑務官)が介護するという誇り」という施設のスローガンを受け継ぎ、医療職と公安職を統率し、緊密な連携で精神障害受刑者の医療(Medical Treatment)と処遇(Correctional Treatment)に日々取り組んでいる。

「矯正医官のやりがいは、医師としての技能を発揮することにとどまりません。司法、福祉、教育、心理などの他職種との関わりができること、創意工夫を要する課題にチャレンジできること、人々の安全を守る最後の砦として社会貢献しているという自負が持てることにあります。1人では何もできません。みんなで話し合い支え合いながら、罪を犯した人の人間としての再生を願って医療と処遇に取り組んでいます」

医療部は、医師、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、作業療法士、管理栄養士によるチームで動く。出所が決まった受刑者の「出口支援」を行う社会福祉士を含め各職種が重要な役割を担っている。「最近も全然心を開かない受刑者が1人いたのですが、作業療法士の女性職員にだけ心を開き、それから急速に改善したという事例がありました。犬の話をしたら『犬は好きだ』と反応したようです」。中庭で飼われているアニマルセラピー用のうさぎも、受刑者に安らぎを与え心を開くのに一役買っている。


「正義感に溢れる医師に来てほしい」

北九州医療刑務所はかつて九州・中国・四国地方の男子受刑者のみを受け入れていたが、女子収容棟が増設され、2012年4月から精神障害を持つ女子受刑者の収容も開始した。受刑者の疾患は統合失調症や薬物中毒が多い傾向にあるが、女子の受刑者の増加に伴い摂食障害への対応なども大きな課題となっている。

佐世保刑務所で常勤医師1人で医療に対応した経験を持つ迎さんは、将来構想として北九州医療刑務所をさらに充実・強化し、九州(福岡管区内)の矯正施設の重症患者すべてにチームで対応する体制を構築したいと考えている。「一本の矢では折れることもあるけれど、三本の矢となり複数の医師で話し合いながら対応すれば心も折れない。今は交通網も発達して移送もすぐにできるので不可能ではないと思うんです」

そうした体制をつくるためにも、矯正医療の意義を理解し参加する医師をもっと増やしたいというのが迎さんの願いだ。「正義感に溢れ縁の下の力持ちになれる医師に来てほしいですね。施設はいつでも見学できますので、興味のある方はぜひご連絡ください」

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【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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