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[再犯防止の基盤をつくる~矯正医官という選択②]仕事も生活も充実「今までで一番幅広く勉強しているという実感があります」〈提供:法務省矯正局〉

No.5153 (2023年01月28日発行) P.14

登録日: 2023-02-20

最終更新日: 2023-03-22

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矯正医官の勤務環境は2015年の矯正医官特例法施行で大幅に改善され、国家公務員の医師でありながら柔軟に兼業や調査研究ができるようになり、フレックスタイム勤務も選択可能となった。ワークライフバランスに対する支援も強化され、矯正施設(刑務所・少年院など)は医師が子育て・介護と仕事を両立させるのに最適な職場の1つとなっている。矯正医官の実像・本音に迫るシリーズ第2回は、犯罪傾向が進んだ受刑者や外国人受刑者など約1500名を収容する府中刑務所で働く女性医師Aさんの事例を紹介する。


府中刑務所勤務 A医師(消化器内科医)

府中刑務所(東京都府中市)は、収容定員2668名のわが国最大規模の刑務所として知られ、寛政2年に設置された石川島人足寄場がルーツ、前身は巣鴨刑務所という歴史を持つ。矯正医療のシステムの中では医療重点施設として位置づけられ、身体・精神疾患により医療上の配慮を要する者が多いという特徴がある。

独特のルールにも「抵抗はなかったです」

Aさんが府中刑務所の医療に携わるきっかけとなったのは1枚のポスターだった。消化器内科医として総合病院で働く日々の中、「本気で、誰かと向き合ったことはあるか」と呼びかける矯正医官募集のポスターを地下鉄の駅で目にし、鮮烈なインパクトを受けた。

「その後、子どもが生まれ、勤めていた総合病院を辞めて健診のパートをしていたのですが、新型コロナの流行で健診の仕事がなくなる時期もあり、子育てをしながら常勤で働ける場所を探していた時、ふとあのポスターを思い出したんです。資料だけでも取り寄せようかと連絡したら、いきなり『見学しませんか』と言われ、社会科見学ぐらいの気分で行ってみたら、本当にちょうどいいと思える職場でした」

子育てをしながら常勤医師として働けるかを確認するため、まず週2回午前中だけ非常勤として3カ月働き、その後2022年7月に矯正医官として正式に採用された。矯正医療には一般医療と異なるルールが多く、医療費が原則国費で賄われるため治療の制約もあるが、Aさんはそれほどギャップを感じなかったという。

「受刑者には自分の名前は明かさない、職員同士で呼ぶ時も名前を聞かれないよう配慮するといったルールがありますが、一般の医療でも病院ごとに“ご当地ルール”がありますので特に抵抗はなかったですね。治療の制約もありますが、標準医療は提供する必要があるので、『外の病院で必ずやることはどこまでか』と考えれば答えは見えてくると思ってやっています」

受刑者から暴力や暴言を受ける不安もあまり感じていないという。「診療の際は刑務官の方が必ず付いてくれますし、普通の病院でも暴言を吐く方は時々いますので、それに比べたらむしろ安全だと思います」

朝夕に「育児時間」取得、気持ちにも余裕が

子育て中の職員を支えるため、法務省は仕事と家庭を両立させる仕組みを数多く整備している。育児休業は子が3歳になるまでの間、男女を問わず取得可能。小学校就学の始期に達するまでの子を養育する職員は、1日の勤務時問(通常8時半~17時)の始めと終わりに計2時間の範囲で育児時間を取得でき、短時間の勤務を選択することも可能だ。

2児の母であるAさんは、朝1時間と夕方1時間の育児時間を取得。火曜日は内視鏡の専門医資格を維持するため、兼業の制度を利用して外部の医療機関に勤務している。健診のバイトをしている時に比べれば拘束時間は増えたが、仕事は充実し、育児にも専念できるようになり、気持ちの面でも余裕が出てきた。

「日によりますが、直接対面で診る受刑者は1日10人前後です。一般内科を中心に総合診療的に幅広い疾患を診ているので、勉強することがたくさんあり、勤務時間内のすき間に疾患ごとのガイドライン等を読むことが増えました。今までで一番幅広く勉強しているという実感があります」

矯正医官としての診療経験は、医療に対するAさんの考え方にもプラスの変化を与えている。

「これまで専門医の道を進んでいた方向を転換してプライマリケアを担当することになり、『こちらも面白く感じる』という変化が自分の中であります。施設内ではC型肝炎の症例も多く、胃カメラの装置もあるので、消化器内科医としてやってきたことも無駄にならず積み重ねをしている感じもあります」

「見学をすればイメージが変わると思います」

府中刑務所は看護職員の体制が充実しており、受刑者の診察願いに対し医師の診察が必要か、(准)看護師から医師に報告して確認する。Aさんら医師が診察した結果、眼科や皮膚科の専門医の診察、CTの検査が必要となった場合など、施設内で対応できない場合は、連携先の医療機関や医療刑務所に依頼する流れになる。

矯正医療に関心のある医師に対しAさんがおすすめするのはやはり「見学」だ。

「資料を読んだだけでは私も決められなかったと思いますので、見学は大事です。矯正医療に対するイメージが変わると思いますので、ご関心のある方はぜひ気軽に見学にいらしてください」

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【関連情報】

矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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