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【識者の眼】「進化し続けるヘルシンキ宣言」中村安秀

No.5210 (2024年03月02日発行) P.59

中村安秀 (公益社団法人日本WHO協会理事長)

登録日: 2024-02-06

最終更新日: 2024-02-06

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東京オリンピックが最初に開催された1964年に、フィンランドのヘルシンキにおける第18回世界医師会総会で「ヘルシンキ宣言」が採択されたことは、よく知られている。2024年は、ちょうどヘルシンキ宣言採択後60周年の節目にあたり、ヘルシンキ宣言の改訂作業は佳境に入っている。

2023年11月30日〜12月1日にかけて、「世界医師会ヘルシンキ宣言大洋州地域専門家会議」が東京で開催された。これはヘルシンキ宣言改訂に向けた世界各地域での会議の一環として行われたものである。世界医師会、米国医師会、日本医師会の共催であり、世界保健機関(WHO)や国連教育科学文化機関(UNESCO)などの国際機関やアジア各国の医師会、研究者による発表や参加があった。

会議では活発な議論があった。感染症の世界的な蔓延、自然災害の激甚化と頻発化、世界各地で発生する紛争と戦禍が、医学研究の現場に与える影響はますます大きなものとなっている。新型コロナウイルス感染症のような健康上の緊急事態における医薬品の緊急使用に関して、緊急使用許可やコンパッショネート・ユース(compassionate use)をめぐる研究倫理上の課題をどのようにヘルシンキ宣言に記載するべきなのか、自由で開かれた討議が行われていた。患者団体の関係者からの質問に、アジアの医師会関係者の座長が真摯に丁寧に対応していた姿が印象的であった。

ヘルシンキ宣言はナチス・ドイツにおける非倫理的、非人道的な人体実験に対する反省から生まれ、ヒトおよびヒト由来の資料を対象とした研究倫理の基盤となる重要な文書である。これまでも、インフォームド・コンセントの権利や研究倫理委員会の設置など、医の研究倫理の世界的な指針として時代に即応して改訂を繰り返してきた。

もちろん、国際医学団体協議会(CIOMS)やWHOが「人間を対象とする健康関連研究のための国際的倫理指針」を作成し、ヘルシンキ宣言を援用しない国もあるなど、医学研究倫理においてかつてのような独占的な立場をヘルシンキ宣言が占めているわけではない。しかし、この混沌とした時代において、世界中の医師が集い、第二次世界大戦で医師たちが行った非道の行為に対する真摯な反省から生まれた世界遺産ともいうべき「ヘルシンキ宣言」をいまの時代に適合させるべく努力している姿勢に感銘を受けた。

エドワード・H・カーは、「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」と看破した(『歴史とは何か』清水幾太郎訳、岩波新書)。先人たちが生み出した過去の遺産を守るだけでなく、歴史と真摯に対話しつつ、未来を担う世代の人々と協働して、新しい時代に即した変革が求められている。進化し続けるヘルシンキ宣言の行く末を見守っていきたい。

中村安秀(公益社団法人日本WHO協会理事長)[ヘルシンキ宣言][医の倫理][世界医師会]

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