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【識者の眼】「スウェーデンの医療デジタル化」渡部麻衣子

No.5207 (2024年02月10日発行) P.61

渡部麻衣子 (自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)

登録日: 2024-01-25

最終更新日: 2024-01-25

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毎朝子どもたちと確認するその日の最高気温が0℃だと、「今日は暖かいね」と言うくらいには、スウェーデンでの生活にも随分と慣れてきました。コンビニはないし、電車は止まるしと、日本にはなかった不便さは諸々ありますが、あらゆる支払いが徹底してデジタル化されている便利さのために、不便さのほとんどは許せてしまいます。普段の生活で物理的な貨幣を使う機会がまったくなく、そもそも人が貨幣を持ち歩かないため、ホームレスの人も投げ銭先に銀行口座と連結させた電話番号を指定しなければならないほどです。Swishというシステムで、相手の電話番号を使って銀行口座に直接送金できるのです。

そんなスウェーデンでは、今、国の政策として医療のデジタル化が特に推進されています。日本のおよそ1.2倍の国土に10分の1以下の人口が住む国の中には、最寄りの病院まで車で4時間かかるような、遠隔医療を切実に必要とする地域のあることが、早くから医療のデジタル化が進んだ理由の1つです。加えて新型コロナの感染拡大がオンライン診療の需要を高めました。こうした環境の下、スウェーデン発のベンチャー企業Kryはヨーロッパ最大のデジタル医療プロバイダーの1つに成長しています。

しかし最近、医療のデジタル化の一環として自治体も導入を始めている、医療用チャットボットが小さな物議を醸しているようです。このチャットボットの目的は、受診の検討に使うことで不必要な受診を減らすことにあるのですが、緊急の受診が必要な症状があっても受診につなげない場合のあることが指摘されているのです。ある地域での調査では、利用例の21% で、そうした「優先順位づけのエラー」が見られたと報告されています1)

このようなエラーがあるために、チャットボットの導入は患者の診察を受ける権利を侵害するという反対意見が、医療者の間に存在します2)。批判を受けて、スウェーデン医療機器機構は、医療用チャットボットの市場後調査を行うと発表しました。このようなスウェーデンの状況は、医療のデジタル化が、医療用のデジタルプロダクトの安全性担保も同時に必要な、根気のいる取り組みであることを改めて示しています。医療のデジタル化に必要なこの根気と、長く暗い冬を耐える人々の根気とが重なって見える今日この頃です。

【文献】

1)EURACTIV公式サイト:Kleja M, Triage chatbot for patients under scrutiny in Sweden.(2023年10月24日)
https://www.euractiv.com/section/health-consumers/news/triage-chatbot-for-patients-under-scrutiny-in-sweden/

2)BNN Breaking公式サイト:Waqas A, Healthcare Workers in Sweden Raise Concerns Over New Chatbot Amid Budget Cuts.(2023年11月3日)
https://bnnbreaking.com/breaking-news/health/healthcare-workers-in-sweden-raise-concerns-over-new-chatbot-amid-budget-cuts/

渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[医療用チャットボット][安全性の担保]

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