これまで本連載で説明されている通り,ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)は公衆衛生活動や臨床の現場をフィールドとして,その知見が医療制度から実務の現場まで多岐にわたって活かされることをめざしている。そこで,研究者だけでなく現場で活動する臨床家・実務家へも成果が届けられるようにHSRが行われている。
本稿では代謝性疾患のHSRについて,特に筆者の糖尿病専門医としての立場から糖尿病のHSRを中心に紹介する。糖尿病は患者数の増加や合併症による健康被害,医療費の負担など多くの課題を抱えている。慢性疾患という性質上,定期的な合併症検査や患者の状態に応じた適切な治療がなされているかどうか,また,患者自身をとりまく社会背景・生活背景などは糖尿病診療において重要である。こうした背景から,糖尿病診療の質を改善するために様々なHSRが実施されている。まず,諸外国の取り組みを説明し,次に,国内で実施されたHSRを3つ紹介する。そして,研究で得られた知見が実際にどのように活かされたか,あるいは活かすことが期待されたかも含め概説する。
米国糖尿病学会(American Diabetes Association:ADA)の診療ガイドライン第1章“Improving Care and Promoting Health in Populations”では,ケアシステムとして糖尿病管理に習熟した者を含むチーム医療を行うことや,患者レジストリ,意思決定支援ツール,患者の需要を満たすコミュニティの利用が推奨されている1)。また,患者の食料へのアクセスや経済状況,社会とのつながりについても評価することが強調されている1)。このような医療サービスの提供方法や利用者の違いは,HSRで重要な項目であり,ADAにおいてもHSR分野が浸透していると考えられる。実際,ADAの学会誌であるDiabetes Careではカテゴリーのひとつに“Epidemiology/Health Services Research”があり,HSRに関する論文が毎月発表されている。
HSRでは医療の質を評価するために,Donabedianのモデルがしばしば用いられる。これは,①ストラクチャー(構造),②プロセス(過程),③アウトカム(結果)の3つの側面から組織の構造や社会的要因,医療の質,健康アウトカムなどの関係を評価する2)。TRIAD(Translating Research Into Action for Diabetes)研究という糖尿病患者の死亡に関連するリスク因子を検討した研究3)では,Donabedianのモデルをもとにして,医療システムレベルの因子,ケアのプロセス,健康アウトカムの関係についての概念モデルを作成している(図1)2)3)。これは,医療システムの組織構造や治療方針,報酬体系などが,定期的なHbA1cや眼底検査などの合併症評価などのプロセスへの影響を通じて,最終的に血糖コントロールや合併症,死亡などのアウトカムに影響するという概念である。
国内での代謝性疾患のHSRはまだ多くはないものの,それらの知見は様々なかたちで貢献している。次項より国内で実際に行われたHSRについて紹介する。
残り3,552文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する