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保存的腎臓療法の意思決定プロセス(岡田一義)[学術論文]

No.5201 (2023年12月30日発行) P.40

岡田一義 (社会医療法人川島会川島病院腎臓内科主任部長,日本透析医学会「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言作成委員会」委員長)

登録日: 2023-05-17

最終更新日: 2023-05-17

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Point

人生の最終段階ではない患者の透析中止による死亡報道が社会問題化したことを踏まえ,日本透析医学会は2020年に「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」を作成した。

提言では、腎代替療法を必要とする患者の医学的な人生の最終段階の定義と,腎代替療法が必要になった時点での意思決定プロセス,保存的腎臓療法の情報提供の時期を示した。

保存的腎臓療法におけるジェネラリストの役割として,緩和ケアを提供することと,訪問診療時には必ず意思の変更(透析見合わせの撤回)がないかを確認することを強調した。

はじめに

人生の最終段階における医療については,アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)注1を行い,患者の価値観等に沿った医療とケアを具体化しておくことが重要であるが,あまり普及していない現状がある。

腎疾患においては,ジェネラリストと腎臓専門医が定期的な慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)の診療連携をしていると,患者に腎代替療法である「腎移植・腹膜透析・血液透析」の情報を適切な時期に提供できる。腎代替療法の情報を提供された患者は,共同意思決定(shared decision making:SDM)注2により,最良と考える腎代替療法を意思決定する。

透析の開始が必要な時点において,「患者が腎代替療法を選択しないとき」「患者・家族等から透析見合わせの申し出があったとき」に,透析によらない末期腎不全の治療とケアである「保存的腎臓療法」の情報を提供する。SDMにより,患者が保存的腎臓療法を意思決定し,家族等と医療チームも合意し,在宅での看取りを希望した場合に,訪問診療を行っているジェネラリストに紹介となる。そこで,本稿では,保存的腎臓療法に関する重要なポイントとジェネラリストに必要な知識を解説する。

なお,保存的腎臓療法は,透析の恩恵を受ける可能性が低い患者および/または透析の見合わせを選択する患者の適切な治療選択肢として認識されている諸外国でも,その概念化および実施方法には依然として大きなばらつきがある1)

注1:アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)
人生の最終段階において残された貴重な時間に患者がやりたいことを引き出し,その人らしく最期のときを生きる尊厳生2)を実現するために,意思決定ができなくなるときに備え,患者を主体にその家族等,医療チームが事前に医療とケアについて繰り返し話し合い,患者の意向を最大限に尊重し,価値観等に沿った医療とケアを具体化し,将来の意思決定を支援するプロセスである3)。ACPの実施は,事前指示書の作成,代諾者の指定,あるいは特定の医療行為の開始や見合わせの決定につながる。ACPは患者の価値観,目標,選好に合致した医療とケアをめざすSDMのプロセスを促進するため,患者の自律と家族等の心の準備ができ,両者の満足感の向上につながる4)

注2:共同意思決定(shared decision making:SDM)
医療には不確実性があり,複数の選択肢がある場合に,患者と医療チームが協働して患者が最良の医療とケアの決定を下すために繰り返し話し合うプロセスである5)。すべての選択肢情報(メリット,デメリット)を提供された患者が希望する医療と,エビデンスに基づく最善の医療が異なることもあり,医療チームは患者の物語りを引き出して傾聴し,価値観,意向,希望,期待,懸念事項等を把握した上で,患者目線で最善と思われる選択肢を提案する。最終的に患者が自分にとって最良の決定を下し,関係者全員(患者・家族等・医療チーム)がその意思決定過程を共有して合意することが重要である。また,医療チームは,介護従事者(介護福祉士,介護支援専門員等)と目標を共有し,家族等と複数の職種による共同作業で,患者の自主性を高め,人生に希望や意義を見出し,精神的な平穏が得られるように支援する。

1. 「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」作成の経緯

わが国には,延命治療を見合わせた医師を免責する法律は規定されておらず,日本透析医学会は,厚生労働省のガイドラインに準拠して,人生の最終段階の患者に限定し,認知症を対象外とした「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」を2014年に公表した6)。一方,2016年に実施した全国規模実態調査では,透析を見合わせた患者の約90%が高齢者,約50%が認知症であった。また,医療チームは,人生の最終段階ではない高齢者等からの透析見合わせの申し出により,難しい判断を迫られ,苦悩していることも判明した7)

2019年には,人生の最終段階ではない患者の透析中止による死亡報道が社会問題化した。これを踏まえ日本透析医学会は2020年に提言を改訂し,人生の最終段階の患者と認知症も含めすべての末期腎不全患者を対象とした「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」を作成した8)

2. 「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」の重要ポイント

(1)医学的な人生の最終段階の定義

透析を必要とする患者は,急性腎障害では透析からの離脱が可能なこともあるため,それのみでは人生の最終段階ではなく,どのような状態が人生の最終段階かは透析関連合併症と他の疾病を含めた全身状態をふまえて医師が適切かつ妥当に判断することとした。なお,透析を必要とする患者が透析を見合わせた場合には,数日から数週で死亡する。そのため,末期腎不全患者から透析見合わせの申し出があったときには,医師が“生命維持のために透析を永続的に必要とする末期腎不全”と診断し,患者・家族等が理解し納得した時点から医学的な人生の最終段階が始まるとした。

(2)保存的腎臓療法の情報提供時期

意思決定能力を有する患者には,人生の最終段階であるかどうかにかかわらず,医療について知る権利と,説明を受けて自らの意思に基づき,医療を受ける権利と拒否する権利がある。そのため医療チームは,末期腎不全の治療に関するすべての情報を提供しなければならず,患者の病状や理解度を総合的に判断して,その時期,方法,程度,内容について適切に説明することが求められている。

保存的腎臓療法を知らない患者にその情報を医療チームから提供し,SDMで患者が保存的腎臓療法を意思決定し,家族等が合意せずに患者が死亡した場合,遺族から「死を誘導する情報を提供しなければ,人生を全うできた」と提訴される可能性がある。わが国には保存的腎臓療法に関する司法判断はなく,情報提供の時期と伝え方によっては死を教唆したと判断される可能性もある。こうしたわが国の法律と社会状況を熟慮して,提言では,保存的腎臓療法の情報提供時期を示した。

具体的には,透析の開始が必要ではない時点において,「患者自らが医療チームに事前指示書を提出したとき」「患者・家族等が透析の見合わせを申し出たとき」「医療チームが透析の見合わせについて検討する状態(表1)8)と判断したとき」に医療チームが保存的腎臓療法の情報提供を検討する。また,透析の開始が必要な時点において,「患者が腎代替療法を選択しないとき」「患者・家族等から透析見合わせの申し出があったとき」に,医療チームから保存的腎臓療法の情報を提供するとした。

   

保存的腎臓療法の情報を提供した後は,患者・家族等とともに意思決定プロセス(図1)8)に準じて対応する。


患者が保存的腎臓療法を選択したときには,医療チームは,患者の価値観や意向等を理解し,患者が納得できる人生を送ることが望ましいことを十分話し合うことによって関係者全員の合意形成をめざし,患者が最終的に最良の選択を行えるように支援する。

3. 保存的腎臓療法においてジェネラリストに必要な知識

(1)患者情報の把握

患者に関するACPとSDMの内容と,透析の見合わせに関する確認書(図2)8)を紹介状で確認し,不明点があれば紹介医に連絡し,患者の心身の状況を理解してその状況に応じた医療とケアを提供する。

(2)緩和ケアの内容確認

今後出現が予測される症状(浮腫,食欲不振,悪心,嘔吐,呼吸困難,意識障害等)を説明し,透析以外で実施する医療とケアについて事前に決定しておき,身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛・霊的苦痛に耳を傾け,最期までその人らしく生を全うできるように全人的に患者を支援する。

数日から数週で死亡するため,緩和ケアが中心になることを患者・家族等に十分に説明し,理解を得る。鎮静は,間欠的鎮静と持続的鎮静に大別され,後者には調節型鎮静(苦痛の強さに応じて苦痛が緩和されるように鎮静薬を少量から調節して投与)と持続的な深い鎮静がある。尿毒症による呼吸困難等は耐え難い苦痛であるため,苦痛緩和が十分に得られ,コミュニケーションができる鎮静が望ましいが,両立させるのは難しい。透析を見合わせた患者に対する鎮静についてのガイドラインはなく,鎮静に関する患者の希望を詳細に確認し,鎮静薬の種類や投与方法(経口,点滴静注)等について患者・家族等とも文書で合意しておくことが望ましい。

(3)意思変更の確認

透析の開始が必要な状態で保存的腎臓療法を意思決定した患者のほとんどが,辛苦に耐え難い尿毒症症状(呼吸困難,嘔吐等)を経験すると,苦痛の緩和のために意思を変更し,透析を受け入れる現状がある。初回面談時に透析の見合わせに関する撤回書(図3)8)を渡し,訪問診療時には必ず意思の変更がないかを確認し,患者が意思を変更して透析を受け入れた場合には,紹介病院へ救急搬送する。

さいごに

わが国では,患者が保存的腎臓療法を選択して透析を見合わせた後の緩和ケアは充実しておらず,その内容とその実施については,在宅医も含めてこれから作りあげ,保存的腎臓療法の検証を通した知見を集積しなければならない。

【文献】

1) Davison SN, et al:Clin J Am Soc Nephrol. 2019;14(4):626-34.

2) 岡田一義,他:透析会誌. 2003;36:1315-26.

3) Sudore RL, et al:J Pain Symptom Manage. 2017;53:21-32.

4) 岡田一義:日医雑誌. 2019;148:469-73.

5) Agency for Healthcare Research and Quality. SHARE Approach Workshop Curriculum.
https://www.ahrq.gov/health-literacy/professional-training/shared-decision/workshop/intro.html

6) 日本透析医学会:透析会誌. 2014:47;269-85,

7) 岡田一義: 日透医誌. 2019;34:110-6.

8) 日本透析医学会:透析会誌. 2020;53:173-217.

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