さて、前回のコラム(No.5163)では、英国で女性医師の増加が「危機」として報じられ、その後、増加を可能にするための改革の必要性が確認されたという事例をご紹介しました。この記事を読んで下さった循環器内科の医師より、これはまさに今、日本でも問題になっていることだと教えて頂き、調べたところ、日本循環器学会から提言が発表されていることを知りました1)。循環器内科は、いくつかの要因で家庭生活との両立が特に難しい診療科だとのことですが2)、それでも女性医師の持続的な就労を可能にするために様々な取り組みがなされていることを知ることができました。他にも同様の取り組みは多くなされていると推察いたします。
しかし一方で、わざわざ女性医師を増やす必要がどこにあるのか、とのご意見もあるのではないかと想像します。これは自然な疑問だと思います。しかし、やはり女性医師の持続的就労を可能にする必要があると言えるのは、経済的自立という基本的な権利を守るためだけではなく、女性が医学に参加することが、医学の視座により「強い客観性」をもたらすからだ、というのが、女性の視座から「科学とは何か」を論じる領域の研究者たちの主張です3)。
たとえば、虚血性心疾患で亡くなる女性の割合が男性よりも多いのは、女性の兆候が男性とは異なっているために、女性では最初の兆候が見逃されてしまうからだと言われています。これまで女性特有の兆候が知られてこなかったのは、男性中心に成り立ってきた医学の視座が、無意識に男性の身体を典型としてきた結果ではないでしょうか? こうした事象が他にも報告され、「性差医学」への関心が高まっています4)。そして医学だけでなく、科学技術全般で、生物学的及び社会的状況にある性差(ジェンダー)にも意識を向ける必要がある、ということが、「ジェンダード・イノベーション」という概念で注目されています。女性医師の数を突然増やすことはできませんが、「性差」や「ジェンダー」に意識を向けることで、医科学は「より強い客観性」を得ることができる。私はこの意見に賛成です。
【文献】
1)日本循環器学会:女性循環器医の勤務環境改善のための提言, 2014.
2)塚田(哲翁)弥生, 他:第72回日本循環器学会学術集会, 女性循環器勤務医の就労継続のためには何が必要か?, 2009.
3)Harding, S.(ed.):The Feminist Standpoint Theory Reader. Routledge, 2003.
4)片岡仁美:心筋梗塞は男性と女性で症状が違う?─注目される「性差医療」. 新潮社「Foresight」公式サイト, 2022.
https://www.fsight.jp/articles/-/48939
渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[性差医学][ジェンダード・イノベーション]