株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「マスクは戻せるか」岩田健太郎

No.5151 (2023年01月14日発行) P.57

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2022-12-26

最終更新日: 2022-12-26

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

本稿執筆は暮れも押し迫った12月26日。今年も矢のように1年が飛び去っていく……。

さて、年の瀬にかかる落語と言えば、「富久」「芝浜」「鼠穴」といったところか。

「鼠穴」の筋はこんな感じだ。茶屋酒、博打で身を滅ぼした竹次郎は兄に相談するが、商売の元手として渡されたのがたったの三文。これに奮起して大店を構える竹次郎だが、火事で苦境に立ち再度、兄に融資を願い出る。

竹次郎が再び兄のもとにやってきて願い出た商売の元手は50両。かつて三文のはした金を元手に成り上がった竹次郎であったが、再起する際には大きな元手が必須なのだ。同じ三文から再びやり直すには歳を取りすぎ気力も体力も足りない。養う家族もいる。

若い時の苦労は買ってでもしろ、という。逆に、年をとってからでは苦労ができない。苦境を乗り越え踏ん張った人物は苦労を糧にして、同じ困難にも立ち向かえるだろうか。いや、多くの人にはそんなことはできない。心が折れてしまう。あのときできた苦労が、もうできなくなってしまう。

ニューヨーク市が28カ月という長いマスク着用義務を解除したのが2022年9月のこと。オミクロンが大流行して米国住民の大多数は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染してしまった。そのために110万人以上という甚大な死亡者が発生したのだが、「集団免疫」を得たおかげでマスク着用は不要になった……と考えたのだが(https://www.bbc.com/news/world-us-canada-62823094)。

米国では今、3つの感染症が猛威を振るっている。過去10年間で最大の流行を見せているインフルエンザ、小児を中心に流行するRSウイルス、そしてCOVID-19だ。ニューヨークは結局、屋内でのマスク着用義務を再開せざるをえなくなった(https://thehill.com/policy/healthcare/3768996-nyc-recommends-everyone-wear-masks-indoors-regardless-of-vaccination-status/)。

この3つの感染症の脅威に対抗する最適解は、言い尽くされた古びたものだ。「ワクチン接種」「屋内や群衆がいるところでのマスク着用」「体調が悪いときには自宅で休む」である。

もともと欧米の人たちはマスク着用へのハードルが高い。花粉症のために多くの日本人は習慣的にマスクを着用してきたが、そういう習慣はあまりない。よってマスクは嫌悪されたが、上記の事情でようやくマスク義務も撤回された。それなのにまたマスク生活に逆戻りである。

人間は我慢できる。が、我慢は長く続かない。一度、我慢から解放されてから、また我慢しろ、はさらにしんどい。

我々が感染対策の社会抑制を「緩める」ときには、このような人間の性(さが)をよく理解しておく必要がある。「また三文からがんばれ」では多くの人は耐えられないのだ。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症][マスク着用義務]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top