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【識者の眼】「社会に対する『基本的信頼感』の重要性について」堀 有伸

No.5143 (2022年11月19日発行) P.59

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2022-11-03

最終更新日: 2022-11-02

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10月末にお隣の韓国から痛ましいニュースが伝わってきました。ソウルの梨泰院駅の近くの坂道で、凄惨な圧死事故が起こり、154名の方が犠牲となって亡くなったそうです。本当に悲しくてつらい出来事です。何もできないことの無力さを感じます。多くの人が心を痛めていると思いますが、私も心からの哀悼の意を表したいと思います。この連載では「トラウマ」について扱うことが多いのですが、関連した話題が尽きないことに切なさを感じます。

同時に、この世界にトラウマ的な出来事が続いているのだとしても、その世界で生活している人々が持っている、トラウマに対抗する力や回復力のことも思います。傷つき苦しむことがあっても、それに対抗し、困難に向かい合って乗り越えていく力を持っているのも人間です。

トラウマを体験した人に起きる変化のひとつとして、悲観的な考え方が強まってしまうことの悪影響が大きいことが、次第に明らかになってきました。たとえば、「世界は危険に満ちている」「人は争って傷つけあうばかりだ」「社会を動かしている人たちはいい加減で、どんな悲惨な失敗が起きてしまうか分からない」という確信を持つようになってしまい、それこそが真理だと信じて人生を送っている人がいるかもしれません。そのような人については、世界や社会に対する「基本的な信頼感」が損なわれている状況だと解釈することができます。そして、基本的な信頼感が損なわれている場合に、困難な課題に継続して取り組むことが難しくなったり、人間関係が安定しなくなったり、不安や抑うつを経験しやすくなったりします。

精神療法では、治療の場において、患者にこの「基本的信頼感」を抱いてもらうことが最優先されます。これは言葉だけでは難しく、全体としての態度や雰囲気に繰り返し触れることで納得してもらえるものです。前提となる「基本的信頼感」が欠如しているのならば、どんな専門的な知識や技法もその効果が発揮されることはありません。

今回の韓国の事件のように、多くの人がトラウマを経験してしまった場合に、社会がその人々に対して配慮すべきなのは「基本的信頼感」を持てるようにすることです。傷ついた人々に共感し、必要な支援を提供する存在を実感できることが、トラウマがもたらす悪影響を減らします。日本社会も、トラウマを経験した韓国社会に共感し、そこに温かい支援を提供できる良い隣人でありたいものです。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[トラウマ]

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