株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「現代日本で思春期にナルシシズムを成熟させることの困難について」堀 有伸

No.5128 (2022年08月06日発行) P.65

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2022-07-06

最終更新日: 2022-07-06

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

心理学の分野で「ナルシシズム」と呼ばれる問題が、現代社会における大きな問題となっています。これについて精神分析家のコフートは、「適切な強さの欲求不満(optimal frustration)」がナルシシズムの成熟に必要だと主張しました。欲求不満をほとんど感じることがない、満たされ過ぎた環境では、自己愛は成熟しません。逆にあまりにも環境が過酷で、常に強すぎる欲求不満にさらされるような環境でも、この成熟が妨げられるのです。「少し生意気な言動を行っても許容され、しかし、適切に鼻っ柱を折られるようなちょっと痛い経験を繰り返すことが許容される」ような環境でこそ、ナルシシズムは成熟します。「自分が自分についてイメージしている私」と「現実の私」、そして「他人がイメージする私」の像も、近づいていきます。

最近の思春期の患者さんを診ていて思うのは、この「中間の適切な強さの欲求不満」を与えてくれる環境の乏しさです。成人する前後までは、「生徒・学生」「お客様」という立場で過ごす場合がほとんどです。現在の社会状況では大人が遠慮して注意しないことが増えています。一方で、勉強や運動競技などの限られた領域では、非常に過酷なプレッシャーに曝されてしまうということもあるでしょう。こちらの欲求不満は、強すぎる危険性があります。

大人になった瞬間、あるいは就職した瞬間、突然にお客様扱いは終了となります。基本的に、タテ社会のヒエラルキーの最下層に組み入れられるのです。ここでつまずく場合が、少なくないのです。「お金を(親が)払ってくれている時の立場」と「お金をもらう時の立場」の落差が大きくなり過ぎているとも言えます。もちろん、適切な情報や教育に触れている思春期の若者は、自らアルバイトやボランティアの経験を通じて、そこに対する準備をすることができるでしょう。しかし、そういう若者ばかりでもないようです。

若者に接しているそれぞれの大人に悪気はないと思うのですが、大人の熱心さが、その大人が関わる場に限定されていて、そこで短期的に最大のパフォーマンスを発揮させ、場合によっては燃え尽きさせることもいとわない様相を示すこともあります。しかし、社会全体として、若者が大人の世界に参入することについて、大きすぎるギャップとナルシシズムの傷つきを経験することなく、段階的に進めるように配慮した仕組みができたら、それは望ましいことだと感じています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[適切な強さの欲求不満]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top