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【識者の眼】「エビデンスに対する誤解と偏見」大野 智

No.5116 (2022年05月14日発行) P.58

大野 智 (島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)

登録日: 2022-04-18

最終更新日: 2022-04-18

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「エビデンスがないということは、効かないということですね!」

これは筆者がメディアから補完代替療法に関する取材を受けた際に、記者がよく言うセリフである。そのたびにエビデンスについて詳しく説明することになる。なお、読者の皆さんはおわかりかと思うが、冒頭のセリフはエビデンスに対する理解が誤っている。

“Absence of evidence is not evidence of absence.”という伝統的な格言をご存知だろうか。医学に当てはめれば「効くというエビデンスがないことは、効かないことの証明にはならない」とでもなろう。そもそも、有効性を証明するための臨床試験では、「実薬と対照とに差がないという仮説(帰無仮説)」を立て、起きる確率が低い場合に、その帰無仮説が棄却され、その結果、「有意差がある(偶然ではなく意味のある差がある)」と表現される形で有効性は説明される。そのため臨床試験で有効性が示された場合でも、「効果がある可能性が高い」と表現されることが一般的である。ただ、このような説明をしても、多くの記者には複雑怪奇に映るらしく、なかなか理解してもらえない。そのため「エビデンスがないということは、効くか効かないか現時点では判断できない」と、少なくとも「効かないことを意味しているわけではない」点だけは理解してもらうように説明している。しかし、補完代替療法=悪という決めつけに近い偏見からなのか、筆者から「効かない」という言質を取ろうとする記者もいて、そのときは取材を断った。なお、連載(No.5017)でも取り上げたが、補完代替療法の有効性を検証するランダム化比較試験の報告数は、近年、右肩上がりで増加している。研究デザインの不備などが指摘されるケースはあるものの、研究の動向については是非知っておいていただきたい。

ここで誤解をしてほしくないのだが、筆者自身、補完代替療法を擁護しているわけではない。臨床試験で有効性が検証されているわけではないのに、広告では、さも効果があるかのように消費者を誤認させるようなことは厳に慎まなければならない。そして、もし有効性を謳いたいのであれば、医学的な手続きに則って検証する努力を惜しまないでほしい。

大野 智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)[統合医療・補完代替療法

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