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【識者の眼】「精神科では『境界域』が難しい」本田秀夫

No.5101 (2022年01月29日発行) P.61

本田秀夫 (信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)

登録日: 2022-01-11

最終更新日: 2022-01-11

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身体疾患では、症状が顕著であるほど重症であり、症状の重症度は日常生活上の支障の大きさと概ね比例するのが一般的である。しかし精神科医療では、症状が一見目立たない「境界域」あるいは「グレーゾーン」の領域にある人たちが、むしろ深刻な生活上の支障をきたすことがある。

たとえば「境界性パーソナリティ障害」では、精神病と言えるほど病的症状はないものの、不安、強迫、一過性の妄想、気分変動などが見られ、安定した社会参加が難しい。「境界知能」では、知的障害と言えるほど知的発達の遅れはないものの、物事の理解、判断、遂行に際して平均的な人たちに遅れをとることが多い。学校ではほとんどの科目において成績下位となるため、劣等感を生じやすい。

近年では、発達障害の「グレーゾーン」が話題となることが多い。1対1の対人関係ではほとんど問題があるように見えない、あるいはうっかりミスや忘れ物が少し多いがミスなくできることもあるため、「努力すればなんとかなる」と思われて、診察を受けても診断をためらわれるような人たちである。境界性パーソナリティ障害や境界知能と共通するのは、他覚的な症状の少なさに比して本人の主観的な生きづらさが著しい場合がしばしばあることである。

現在の精神科の診断基準では、他覚的行動所見によって定義され、その程度によって重症度が定められている疾患・障害が多い。他覚的行動所見が目立たない人は、標準的・平均的な行動が期待され、そこからわずかにずれると否定的な目で見られやすい。自らも標準的・平均的に振る舞うことを目標にして、そこになかなか達しない自分への評価を下げ、社会参加への意欲低下、情緒不安定などの問題が生じやすい。

「境界域」「グレーゾーン」は、すべてを医療の対象とみなす必要はないものの、社会参加が難しくなり支援を要する状態になるリスクの高い群であり、いったん支援を要する状態になった場合に支援がきわめて困難になることもあるという認識を持っておく必要がある。筆者らは、発達障害のグレーゾーンと思われる子どもの保護者、保育園・幼稚園・学校教師等を対象として、「多様な子育てを支援するスマートフォン・アプリ『TOIRO(トイロ)』」を開発し、無料公開している。現在、改訂版開発のためのクラウドファンディング(https://academia.securite.jp/donation/detail?c_id=14)も行っているので、趣旨にご賛同頂ける方はご協力頂ければ幸いである。

本田秀夫(信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)[精神科医療][発達障害][グレーゾーン]

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