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【識者の眼】「高齢者の運転免許返納に対する医師の自己矛盾」平川淳一

No.5083 (2021年09月25日発行) P.59

平川淳一 (平川病院院長、東京精神科病院協会会長)

登録日: 2021-09-08

最終更新日: 2021-09-08

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2019年4月に東京池袋で、旧通産省工業技術院元院長(90)が運転する乗用車が暴走し母子2人が死亡する痛ましい事故があり、2021年9月2日、東京地裁で判決が言い渡された。裁判長は「過失は重大。事故への反省の念もあるとはいえない」として禁錮5年の実刑判決を言い渡した。本人は未だにアクセル・ブレーキの踏み間違いを認めず無罪を主張している。おそらく、車の故障という考え以外は浮かばないのだと思う。直接、本人と対面したことはないが、認知症の病態の観点からすれば、事故当時88歳という年齢から認知症の存在が疑われる。アルツハイマー型ではなく、高齢者に多い血管性認知症で、いわゆるまだら認知症状態であるとすれば、記憶力は保たれ、ADLも保たれるが、一部の状況判断の低下、配分性注意障害、見当識障害、遂行障害など、前頭葉に障害が生じる。この場合、何を言われても自己主張を貫く姿勢にも合点がいく。

2017年に道路交通法が改正され、75歳以上の運転者は免許証更新時に認知機能検査を受けることになり、「認知症のおそれあり(第1分類)」「認知機能低下のおそれあり(第2分類)」「認知機能低下のおそれなし(第3分類)」のうち、第1分類と判定された場合は、違反の有無にかかわらず、臨時適性検査(医師の診断)を受ける、または主治医などの診断を受けてその診断書を提出することになっている。つまり、第1分類になった人は認知症かどうかの診断を受け、認知症であることが判明したときは、免許の取消し等の対象になるのである。

この認知症の診断書を巡っては、なかなか認知症の診断をくだせない医師が多いと私は思っている。個人の権利を奪うことは患者の不利益になってしまうので、医師としてはかなり抵抗があるのは当然である。しかし一方で、地域の中で、その人らしく生きていただくことも、地域包括ケアの中での「かかりつけ医」としての役割であり、認知症の診断をしなければならない役目があることも事実である。この自己矛盾となる診断を多くの先生方が迫られているが、車がないと生活できない人もいて判断が鈍る。

私は、過去に比べてADLが低下し、家族が運転について心配をしている場合は、遠慮なく認知症の診断をつけるようにしている。生半可な同情や逃げは、ご本人のためにならない。今回の判決で、90歳を超え車椅子で出廷する被告の姿を思えば、早く返納すべきだったという後悔しか思いつかない。

平川淳一(平川病院院長、東京精神科病院協会会長)[認知症]

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