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失神[私の治療]

No.5062 (2021年05月01日発行) P.29

鈴木 昌 (東京歯科大学市川総合病院救急科教授・部長)

登録日: 2021-04-28

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  • 失神は,全脳虚血が原因の一過性の意識障害である。収縮期血圧60mmHg以下への低下が6秒以上持続して発生する。血行動態の回復で,意識は速やかに回復するので,意識障害は一過性となる。高齢者では,若年者に比べれば容易に意識障害に至り,回復も遅延する。失神の診断と治療の原則は,この血圧低下の原因を究明し,対処することである。

    ▶病歴聴取のポイント

    失神は,広義には,意識を失って転倒し,その後速やかに回復したことを意味し,この場合,てんかん発作や精神科的問題を含めた状態を示す。まず,全脳虚血による一過性意識障害(狭義の失神。以下,本稿では失神をこの狭義の失神として記載する)か否かを判断する必要がある。診療開始時は明確ではないため,一過性意識障害(transient loss of consciousness:T-LOC)として鑑別を開始する。

    【主訴・目撃情報の確認】

    主訴がT-LOCか否かを確認し,目撃情報を含めた病歴聴取を行う。高齢患者の病歴聴取では,意識を失ったことを自覚していないことが稀でない。意識障害の有無を患者に尋ねる意義は限定的である。目撃情報は必ず確認しなければならない。
    患者のほとんどは自らの症候を「失神」と申告せず,「気が遠くなった」「倒れた」「転んだ」,あるいは「貧血」などと多岐にわたる表現をする。高齢者ではこれらに気づいていないことすらある。失神では抗重力筋の緊張低下を伴い転倒することが少なくない。意識を失うので当然ながら受け身が取れず,頭部や顔面に外傷を合併する。失神患者における外傷の合併は2割以上である。高齢者の転倒事故は多発しており,転倒原因に失神の鑑別を必ず含める。

    【失神か否かの確認】

    T-LOCのうち失神か否かを病歴から判断する。失神の特徴は,意識障害が直ちに回復すること,数秒程度の痙攣を伴うことがあること,尿便失禁を伴うことがあることである。てんかんをはじめとした痙攣発作の多くは,意識障害の回復が緩徐であり,痙攣は数十秒以上である。また,意識障害をもって一過性脳虚血発作(transient ischemic attack:TIA)と判断されることがあるが,TIAで他の神経学的異常を伴わずにT-LOCをきたすことは考えがたい。

    【失神の原因別のポイント】
    〈心原性失神〉

    心疾患が原因の心原性失神は,失神患者の10%を占める。生命予後不良で,心臓性突然死の前兆と考えられている。胸痛や動悸の合併は,虚血性心疾患に伴う失神や不整脈による失神を強く疑う。心原性失神のうち,不整脈による失神では,心拍出量低下が突然発生するため,前駆症状はきわめて短く,5秒未満と言われる。ほとんどの失神は立位または坐位で発生するが,仰臥位でも失神が発生していれば,心原性失神を強く疑わなければならない。
    心原性失神を強く疑う問診項目は,既往歴(心疾患:うっ血性心不全,心室性不整脈,虚血性心疾患,中等症以上の弁膜疾患),家族歴(心臓突然死または遺伝性不整脈疾患),症状(胸痛・背部痛,呼吸困難,失神の前駆症状が乏しい)である。

    〈神経調節性失神〉

    最も頻度が高いのは迷走神経反射が関与する失神である(血管迷走神経性失神,頸動脈洞過敏症候群,状況失神)。各種刺激が反射により迷走神経緊張と交感神経虚脱とを起こし,徐脈や血圧低下をきたして失神に至る。反射は遷延しないので,一過性が原則である。典型的な病歴聴取が診断上必須である。排尿,排便,咳嗽があれば状況失神(排尿失神・排便失神・咳嗽失神)を,髭剃りで頸部に触れたような場合には頸動脈洞過敏症候群を疑う。状況失神や頸動脈洞過敏は高齢者に多い。情動的な刺激,不快な光景の目撃,長時間の立位や坐位,あるいは採血などの痛み刺激が誘因であれば血管迷走神経性失神を疑う。血管迷走神経性失神は若年者に多いが,高齢者でも観察される。通常,数十秒~数分に至る前駆症状(全身が熱くなる感じ,冷汗,悪心,だるさ,血の気の引く感じ)が出現する。高齢者ではこれらの自覚に乏しいことが多い。

    〈起立性低血圧〉

    仰臥位から立位になって3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下した場合,あるいは拡張期血圧が10mmHg以上低下した場合である。その原因は自律神経機能不全をきたす多系統萎縮症,パーキンソン病,糖尿病をはじめとした神経疾患,降圧薬をはじめとした薬剤性の起立耐性低下,飲酒や高温環境のような誘因がある場合,他の器質的疾患によるプレショック状態や脱水が挙げられる。器質的疾患を伴わずに加齢などによって自律神経機能が低下した状態でも発生する。頻度は決して高くはないものの,消化管出血やアナフィラキシー,あるいは感染症に伴うプレショック状態は起立時に著明な血圧低下をきたして失神を起こすので,必要に応じてこれらに関する病歴聴取を行う。

    ▶バイタルサイン・身体診察のポイント

    高リスクの失神におけるバイタルサインは,以下のような異常が15分以上持続することとされる(呼吸数>24/分,心拍数>100/分または<50/分,収縮期血圧<90mmHgまたは>160mmHg,SpO2<90%)。

    標準的な診察と神経学的診察を行うと同時に,血圧測定を含めた診察を立位でも行う。患者の診察は仰臥位や坐位で行われるが,患者の病態は立位で発生するので,患者に立位をとらせて診察すべきである。精神医学的な障害のために失神類似の症候を呈した患者では,血圧や心拍数に何ら影響がみられないにもかかわらず立位を保持できない。立位による血圧低下と頻脈の出現は起立性低血圧の診断に必須である。また,仰臥位における血圧低下を認めなくても,消化管出血をはじめとした低容量性,感染症に伴う血液分布異常性のプレショックを疑う根拠となる。患者に立位をとらせることは診断と患者の管理上,必須である。

    心疾患に関与する身体所見としては,うっ血性心不全の所見と心雑音が重視される。心雑音や心音異常は生命予後が不良なうっ血性心不全,弁膜症や流出路狭窄をはじめとした心大血管系異常の診断契機となる。

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