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【識者の眼】「延命中止の法的根拠(2):患者の『自己決定権』による法的リスク」杉浦敏之

No.5030 (2020年09月19日発行) P.57

杉浦敏之 (杉浦医院理事長)

登録日: 2020-09-08

最終更新日: 2020-09-11

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前回(No.5024)は、延命医療中止による法的なリスクについて述べたが、それに対立するものとして患者の「自己決定権」によるリスクがある。患者が苦痛などのため治療中止を希望し、医師がそれに反して治療を継続した場合、仮に命が助かったとしても、患者は自らが希望しない治療を受けた結果、精神的苦痛を受けたと主張することが考えられる。医師側としては「助けたのに、なぜ不服なのか?」という疑問に直面する。つまり、患者あるいはその家族との治療の同意が十分されないと、助けても、延命を中止しても、どちらも法的なリスクを抱えることとなる。特に本人の判断能力がなく、家族間での意見の対立があるときは要注意であり、それを解決するすべを我々は持っていない。

相続が絡むと、さらに厄介なこととなる。一例を挙げてみよう。子供のいない夫婦がドライブ中、事故に遭遇。両者とも瀕死の重傷を負い、医療施設に搬送された。懸命の治療にも関わらず、多臓器不全となり、救命の見込みはなくなった。この場合、夫が先に死亡した場合、妻は夫の財産の3/4を受け取り、残り1/4は夫の親族が分け合うこととなり、妻の死後、妻の親族に妻が相続した夫の財産(3/4)が相続されることとなる。対して妻が先に死亡した場合、その反対となるが、妻にほとんど財産がない場合は妻の親族が受け取る財産はほぼゼロとなる。つまり、両者の親族にとっては、どちらが先に死亡するかで、受け取る財産に大きな違いが生じることとなる。いったん延命中止に同意しながら、この事実を知ったとたんに翻意する親族がいないとも限らない。かように死亡診断書に時刻を記入する行為に対する法的責任は大きいのである。本人が瀕死の状態で病状説明をするときに、相続について説明をするということは倫理上もできないであろう。このようなことが想定された場合は、直接医療にかかわることのない事務方から相続に関する相談を他者にするように伝えるなど、工夫が必要である。

幸いにも、最近延命中止に関して不起訴になる例を耳にすることが多くなった。ただ、それを担保する法律の制定は、医師が自己の能力を最大限発揮して医療にあたるには不可欠である。

おおぐま座のM101(回転花火星雲)〈筆者撮影〉。地球から約2,410万光年の位置にある

杉浦敏之(杉浦医院理事長)[人生の最終段階における医療⑧]

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