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【識者の眼】「新型コロナウイルス感染症はSARSに類似(3)─中国ガイドラインを踏まえた診断・治療の提案」菅谷憲夫

No.5002 (2020年03月07日発行) P.58

菅谷憲夫 (神奈川県警友会けいゆう病院感染制御センターセンター長・小児科、慶應義塾大学医学部客員教授、WHO重症インフルエンザガイドライン委員)

登録日: 2020-02-26

最終更新日: 2020-02-26

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SARS-CoV-2

新型コロナウイルスの正式名称は国際ウイルス分類委員会(ICTV)によりSARS-CoV-2と決定された。感染症名はCOVID-19であるが、ウイルス名に注目すれば、この感染症が、SARSの類縁疾患であることは明白で(SARSのウイルス名はSARS-Coronavirus)、これを季節性インフルエンザと比較してきた日本のマスコミ報道は本質的に誤りであった。それが国民、医療関係者の認識を誤らせ、さらに政府の対策が遅れた原因となった可能性がある。COVID-19はインフルエンザに比べ、はるかに重い疾患であることは間違いない(No.5001「COVID-19はSARSに類似(2)」参照)。COVID-19の国内での流行も本格的に始まった今、本稿では診断と治療の問題点を述べ、中国で公開されているCOVID-19診断治療ガイドラインについても説明する。

COVID-19患者の早期診断を

2月17日に厚労省からCOVID-19を疑った場合の受診の基準が、「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安」として明らかにされた(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000596905.pdf)。そこでは、風邪症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く人、倦怠感や呼吸困難のある場合は、帰国者・接触者相談センターに相談することを指示している。高齢者や基礎疾患のある場合は、2日を目処とした。

上記の受診基準は、患者がパニック状態となって病院を受診して、診療が混乱することを防ぐために作られたものと思われる。しかし、受診基準の医学的根拠が示されていない。はたして4日間受診を待っても重症化しないという医学的根拠があるのだろうか。PCR検査によるCOVID-19確定診断がすぐにできないにしても、早期に臨床診断をして、患者に対して、適切な指示を与えることが重要ではないだろうか。

現時点で日本では、発熱や咳嗽のある患者はインフルエンザや他のウイルス性感冒の可能性が高いと考えられるが、多くの発熱患者はCOVID-19を心配して強い不安感を持つと思われる。この状況で、4日間経過を見るような受診基準は、早期診断の機会を失い、発症5日目以降にCOVID-19と診断された場合に、肺炎が進行し重症化する危険性もある。特に問題なのは、周囲への感染である。発症後4〜5日間に、診断のつかないままに、家族や会社、学校で感染が拡大する危険性が高い。今、臨床で最も重要なのは、COVID-19が疑われる、軽症例をいかにピックアップするかである。筆者は、蔓延を防止する意味でも、早期にCOVID-19疑い例なのか、あるいは他の疾患の可能性が高いのか、医師が診断して、家庭での過ごし方を指導すべきと考えている。

SARS-CoV-2 流行期に酸素投与が必要な重症例は直ちに入院となり、優先的にPCR検査も実施されるので診断は容易である。

中国のガイドライン

中国では、『A rapid advice guideline for the diagnosis and treatment of 2019 novel coronavirus(2019-nCoV)infected pneumonia』として、国際的な基準に基づいたガイドラインが発行されている(Jin YH, et al:Mil Med Res. 2020;7(1):4.)。https://doi.org/10.1186/s40779-020-0233-6

日本の医療関係者にも有用なものと考えられるので、以下に紹介する。

1. 疑い例

中国ガイドラインでは疑い例の臨床所見として、早期では、発熱と胸部X線またはCTでの肺陰影、白血球数の正常または減少、リンパ球減少が挙げられている。

軽症例の定義では、発熱が38度以下、呼吸困難や喘息がないこと、さらに咳もない場合があることが記載されているので、軽症例の診断はかなり難しい。筆者も、発熱がなく、咳もほとんどなかったが、胸部X線とCTで明らかな肺炎像を認めた1症例を経験した。

これから日本では、発熱、咳などを主訴として来院した患者には、まずインフルエンザ迅速診断を実施し、陽性であればノイラミニダーゼ阻害薬で治療することが基本となる。これは厚労省の「相談・受診の目安」でも、“現時点では新型コロナウイルス感染症以外の病気の方が圧倒的に多い状況であり、インフルエンザ等の心配があるときには、通常と同様に、かかりつけ医等に御相談ください”と記載されている。しかし、多くの人々は、発熱しても4日間は受診を待つような指示と誤解している。

問題は、インフルエンザ陰性例がCOVID-19疑い例か、という点である。中国ガイドラインでは胸部X線(CTがベター)と血液検査が必要となる。肺に陰影があり、白血球減少、特にリンパ球減少を認めた場合は、COVID-19の疑い例となる。ここまでの検査は、ほとんどの病院で可能であり、疑い例を見つけ出すことができる。また胸部X線で正常であれば、その時点ではCOVID-19は否定的であり、多くの発熱患者は安堵して自宅で静養することができる。

小児、特に乳幼児では、発熱、咳嗽は日常的な症状であり、この症状で必ずしも胸部X線や血液検査を行う必要はないと筆者は考えている。しかし成人では、発熱、咳嗽で来院した患者では、胸部X線は必須の検査かもしれない。

2. 軽症疑い例のホームケア

中国ガイドラインでは、疑い例は隔離が必要となる。入院隔離が望ましいが、軽症の場合は、家庭での隔離も考慮可能とされている。

中国ガイドラインでは、軽症疑い例のホームケアの注意点が列記されている。興味深いのは、strong recommendationとして、患者は個室で生活するが、共用部分であるトイレやキッチンは常に窓を開けておくこと、また患者と接する時は、家庭内でもN95マスクを使用するように指示している点である。このように、早期に疑い例を見つけ出して、場合によっては、自宅で経過観察するのは合理的な対応であるし、家庭での注意点をstrongまたはweak recommendationとして示しているのは優れた対応である。

3. COVID-19の除外診断

疑い例では、他のウイルス性肺炎との鑑別が必要となる。中国ガイドラインでは、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、 アデノウイルス、RSウイルス、ライノウイルス、ヒトメタニューモウイルス、マイコプラズマ肺炎、クラミジア肺炎などが示されている。

4. 治療

確定診断例は当然であるが、疑い例も原則として、入院して隔離する。重症例はICUに収容する。strong recommendationとして、酸素投与は当然であるが、high flow nasal oxygen therapy(商品名:ネーザルハイフローTMなど)、非侵襲的換気療法によっても呼吸不全が改善しない場合は挿管し、人工呼吸器を装着する。さらに、低酸素血症が改善しない場合は、strong recommendationとして、体外式膜型人工肺(ECMO)で治療する。

5. 抗ウイルス薬

現時点では、RCTで証明された抗ウイルス薬治療はない。しかし、weak recommendationであるが、α-インターフェロンの吸入療法とロピナビル・リトナビルの経口投与が記載されている。日本国内でも、ロピナビル・リトナビルは商品名カレトラとして、10年以上前から抗HIV薬として使用され、COVID-19の入院例にすでに使用されている。十分なエビデンスではないが、後ろ向きコホート研究やケーススタディなどにより、重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)の治療で、重症化防止に一定の有効性が認められている(Chan KS, et al:Hong Kong Med J. 2003;9(6):399-406.)。

中国ガイドラインによると、最近のシステマティックレビューでは、早期治療ではロピナビル・リトナビルの有効性が期待できるというが、中国語の文献のため、筆者は確認できなかった。

インフルエンザでも、ノイラミニダーゼ阻害薬の有効性は早期治療が原則であり、ロピナビル・リトナビルを使用する場合も、重症肺炎に進行すると効果は期待できないと考えられる。最近、抗インフルエンザ薬、ファビピラビル(商品名:アビガン)をCOVID-19に使用する動きもあるが、これもインフルエンザの経験からは早期治療が原則と考えられる。このような薬物治療の観点からすると、厚労省の発表した“4日間は自宅待機”という受診基準は早期治療の機会を失する可能性がある。

おわりに:国の受診基準は許容できない

SARS-CoV-2感染症(COVID-19)は、日本でも流行拡大期に入ってきた。政府は2月25日に決定した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」の中で、感染拡大を防ぐため、地域で患者数が大幅に増えた状況では、症状が軽い場合は自宅で療養を求める方針を発表した。筆者は、国のCOVID-19を疑った場合の受診基準が、風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合としたのは、医学的に根拠が示されていないだけでなく、重症感染症の受診制限となってしまうと危惧され、臨床家から見ても、患者の立場でも、とても許容できない基準であると感じている。 

菅谷憲夫(神奈川県警友会けいゆう病院感染制御センターセンター長・小児科、慶應義塾大学医学部客員教授、WHO重症インフルエンザガイドライン委員)[新型コロナウイルス感染症(COVID-19)]

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