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生保調査員の死体検案書への照会に対応すべきか?

No.4944 (2019年01月26日発行) P.60

服部達夫 (アクシス法律事務所 弁護士)

登録日: 2019-01-23

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警察医をしています。ときどき,生命保険会社が委託した調査員から「死体検案書の内容について詳しく伺いたいのでご面談をお願いしたい」という内容の電話がありますが,以下の理由から断っています。法的に問題はないでしょうか。
①死体検案は地域の検察官が実施する業務であるが,多くの場合,警察官が代行している。その際,医師の立会いを求められ,医師は,必要であれば医学的な助言をして死体検案書を発行する。
②死体検案書に書かれている内容以外を明かすことは,警察の捜査内容を明かすことになり守秘義務違反である。
③死体検案書の内容に疑義があるときは,警察署に問い合わせてほしい。

(鹿児島県 K)


【回答】

【遺族の同意の上であれば疑義照会には対応すべき】

(1)警察官による検視の代行

①医師の立会い
不自然な死を遂げた恐れのある死体については,警察官が現場に臨場し,変死体であれば検察官に通知し,検察官において検視をしなければならないとされています(刑事訴訟法第229条第1項)。もっとも,ご指摘のように,実際には,刑事施設や留置施設などで起こった特異な死亡事案を除いては,警察官が検視を代行しています(代行検視,第229条第2項)。ただ,警察官は,医学的知見を参考にするため,多くの場合は医師に立会いを求めます。そして,立ち会った医師は,警察官の行う検視や調査に助言をしたり,さらには遺族等の求めに応じて死体検案書を作成します。

②検視
このうち,「検視」は,人の死亡が犯罪に起因するものであるかどうかを判断するために,死体の状況を外表から検査し,犯罪の嫌疑が認められれば,直ちに犯罪捜査の手続に移行させるもので,検察官(あるいは警察官)の業務です。

しかし,死体の「検案」については,医学的な知識を駆使して,死因決定等のための死体の外表検査を行い(これを「検死」と言います),それに基づき死因や死亡推定時刻等について医学的判断をするものであるため,もっぱら医師の業務です1)。医師法第19条第2項では,検案をした医師は,検案書の交付の求めがあった場合には,正当な事由がなければ拒んではならない旨規定していますが,これは死体の検案が医師の独占業務であることを前提にしています。

③検案書の交付
このように,警察官が警察医に検視への立会いを要請した場合,通常,その警察医が検案も実施するため,検視と検案は密接に関連しますが,制度上はまったく別です。警察が検案についてまで嘱託する立場にはなく,検案はあくまでも医師の責任において実施するものと理解されています2)(そのため,死体検案書は,警察には交付されず,遺族等に交付されます)。

(2)守秘義務の問題

①医師の守秘義務
まず,警察医に限らず,医師は業務上取り扱ったことについて知りえた人の秘密について守秘義務を負っています(刑法第134条:秘密漏示罪)。もっとも,この守秘義務は現存する人を対象とし,死者の秘密を漏示しても本罪を構成しません3)

また,2013年4月に施行された「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」(以下,新法)では,警察が取り扱うこととなった死体のうち,犯罪捜査の手続が行われる死体を除いたもの(これを「取扱死体」と言います)について,解剖の実施の委託を受けて業務に従事した者に対する守秘義務を規定しています(同法第7条第1項)。もっとも,新法においても,警察官の検視や調査に立ち会い,死体の検案をした医師に対してまで守秘義務の範囲を広げていません2)

なお,警察医の身分は,特別職の非常勤公務員(地方公務員法第3条第3項第3号)とされることが一般的ですが,特別職に属する者には,地方公務員が職務上負っている守秘義務(同法第34条)の適用はありません(同法第4条第2項)。

さらに,刑事訴訟法第47条では,「訴訟に関する書類は,公判の開廷前には,これを公にしてはならない。但し,公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合は,この限りでない」と規定しており,捜査の密行性に関する根拠とされています。そして,同条を持ち出して,警察医に対しても捜査情報に関する守秘義務を及ぼそうとする見解もあるようです。しかし,同条は,「訴訟に関する書類」のみを対象にしており,口頭での説明などは含まれていません4)。もともと,この規定は訴訟関係者を対象にしたもので,警察医にまで当然に及ぼすのは無理があります。

そのため,上記新法の解剖に関与しない警察医は,警察からの嘱託時に格別に秘匿事項を定められたような場合を除いては,法律上当然に捜査機関との間で守秘義務を負っていると解するのは困難です。

②死者に関する個人情報の管理業務
むしろ,警察医は,遺族との関係において,死者に関する個人情報の漏えい,滅失またはき損等を防止する義務を負っていると解するのが適切です。厚生労働省通知の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」によれば,保護の対象となるのは,生存する個人に関する情報であると限定しつつ,当該患者が死亡した後においても,医療関係事業者が当該患者の情報を保存している場合には,個人情報と同等の安全管理措置を講ずるものとされています。そして,国や地方公共団体等が医療を提供する場合においても,ガイドラインに十分配慮することが望ましいとされています。警察医は,当該死体を患者の段階から診察していた医師ではないため,上記ガイドラインにそのまま当てはまるわけではありませんし,診療契約に付随した遺族に対する説明義務(民法第645条)も観念できませんが,医療関係事業者に準じて,死者に関する個人情報を適切に管理する責務があると考えるわけです。

③遺族の同意がない場合
そのため,生命保険会社が委託した調査員に対して,死体検案書に書かれている内容以外のことを明かすことは,捜査機関との関係での守秘義務違反というよりも,遺族との関係において不適切な個人情報の第三者提供に当たります(なお,遺族の同意がない以上は,死体検案書に書かれている内容であっても明かすことはできません)。

(3)死体検案書への疑義の照会先

①遺族の同意がある場合
それでは,どのような場合に,当該調査員に対して,死体検案書の内容に疑義がある点について説明することが認められるでしょうか。

調査員は,保険手続時に取り付けた包括的な同意書を提示することが多いと思います。しかし,同意をした者がその後翻意した可能性もありえます。また,警察医が説明した死因(自殺,病死,災害死など)いかんによっては,支払われる保険金の額に影響を及ぼすこともあります。そのため,警察医としては,遺族とのトラブルを避けるため,遺族の個別の同意とその同意の範囲を改めて確認し,その確認ができないうちは,照会には応じられない旨を伝えることになるでしょう。

②説明の主体と説明の程度
前掲の新法第10条第1項では,「警察署長は,死因を明らかにするために必要な措置がとられた取扱死体について,その身元が明らかになったときは,速やかに,遺族……に対し,その死因その他参考となるべき事項の説明を行う……」と規定しています。また,警察が取り扱うこととなった死体のうち,犯罪捜査の手続が行われた死体についても,新法と併せて施行された改正後の死体取扱規則第5条第1項では,「警察署長は,……当該死体を引き渡したとしてもその後の犯罪捜査に支障を及ぼすおそれがないと認められる場合において,当該死体の身元が明らかになったときは,速やかに,遺族……に対し,その後の犯罪捜査又は公判に支障を及ぼさない範囲内においてその死因その他参考となるべき事項の説明を行う」と規定しています。

そして,いずれの場合も,医学的死因については,検案を行った医師が死亡診断書または検案書に記載し,遺族に交付することとなるので,警察があいまいな説明を行うよりも,立会い医師や解剖医に依頼するなど,必要な協力を得て行うことが望ましいと解説されています2)

さらに,死因究明等の促進に関する法律に基づき2014年6月に閣議決定された「死因究明等推進計画」にも,死因究明により得られた情報を遺族等に対して説明すべきことが盛り込まれています。厚生労働省医政局の「平成29年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」では,それをふまえて,死体検案書を交付するにあたり,遺族等からの要望があった場合は,死体検案書の内容について遺族へできるだけ丁寧に説明するように求めています。

③死体検案書の内容に疑義照会を受けたとき
遺族の同意を改めて確認の上,医学的な死因に関する限り,「検案」をした警察医が自ら照会に応じるのがよいと思われます。

他方,死因が犯罪に関連するか否かなど,医学的な範疇を超えた質問がなされた場合には,「検視」を代行した警察官が,前記(3)②の各法令に則して,前記刑事訴訟法第47条をふまえた回答をするでしょうから,ご指摘の通り,警察署に問い合わせてほしい旨を調査員に伝えることになります。

④検案の意義
警察医は公益活動の側面が強いため,遺族からの同意を得ているとはいえ,調査員からの照会にまで対応しなければならないのは負担が重いと思います。ただ,検案はいわば医師による最後の医療で,人間の生きた証しとして個人の尊厳を保持することにつながるので,死体検案書の内容については,警察医が説明して頂ければと思います。

【文献】

1) 吉田謙一:事例に学ぶ法医学・医事法. 第3版. 有斐閣, 2010, p6-8, 277-8.

2) 死因・身元調査法制研究会:注解 警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律. 立花書房, 2013, p15-21, 39, 43, 72-3, 88-90.

3) 前田雅英, 他, 編:条解 刑法. 第3版. 弘文堂, 2013, p395.

4) 松尾浩也, 監:条解 刑事訴訟法. 第4版増補版. 弘文堂, 2016, p104-8.

【回答者】

服部達夫 アクシス法律事務所 弁護士

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