株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

医療従事者の針刺し事故への対処法は?

No.4938 (2018年12月15日発行) P.60

奥新和也 (東京大学医学部附属病院感染制御部)

森屋恭爾 (東京大学医学部附属病院感染制御部教授)

登録日: 2018-12-17

最終更新日: 2018-12-11

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

80歳,男性。他院で慢性C型肝炎の治療を受けて治癒後の肝臓癌患者です。この患者への処置時,誤って針刺し事故を起こしてしまいました。すぐに患者と事故者から採血し,型通りの傷口の処置を行いました。事故者は60歳,男性で肝機能AST 17U/L,ALT 18U/L,HBs抗原陰性,HCV核酸定量/リアル:検出せず。患者はHBs抗原陰性,HCV核酸定量/リアル:検出せず,HCV抗体3rd陽性(インデックス1.0以上,ユニット6.7以上)という検査結果でした。
今後,定期的に肝機能,HCV抗体3rd,HBs抗原検査を続ける予定ですが,万が一の肝炎発症時にはどのように対処すればよいでしょうか。また,患者検査でHCV核酸定量/リアルの結果が検出されなかった場合,肝炎発症はありえないのでしょうか。

(埼玉県 Y)


【回答】

【B型の感染成立阻止にはHBIGとワクチン,C型が発症した際は経口治療薬使用を考える】

針刺し事故に際して不安を抱かれること,職員の方のことを考えますと,もっともかと思います。最初に本事例については,基本的には心配されなくても大丈夫であることをお伝えしておきます。

針刺し事故後の対処は,ご対応の通りになりますが,発生後直ちに流水または液体石けん併用で創部を十分に洗浄します。そして職員(被曝露者)の血液検査と,必要性を説明し承諾を得た上で患者(汚染源)の血液検査を行います。この際に,職員に必須の項目はHBs抗原・HBs抗体・HCV抗体・肝酵素であり,患者はHBs抗原・HCV抗体です。また,昨今のHIV感染者の潜在的な拡がりを考慮しますと,両者についてHIV検査まで行うことが望まれますが,同意取得の必要もあり,個々の事例での判断が必要です。

患者のHBs抗原・HCV抗体がともに陰性の場合,今後感染が顕在化するいわゆるウィンドウ期の血液であった可能性を考慮して,職員の経過観察を行います。
患者がHBs抗原陽性の場合は,職員のB型肝炎ワクチンの接種・HBs抗体の保有状況により対応がわかれます。職員がHBs抗原・HBs抗体ともに陰性ならば,感染成立を阻止するために24時間以内に高力価抗HBsヒト免疫グロブリン(HBIG),B型肝炎ワクチンを接種します。2013年に米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention)から発行された改訂ガイドライン1)でも職員のワクチンの接種状況と抗体価,そして患者のHBs抗原の有無に従って曝露後の対策が詳細に提示されていますので,参考として頂ければ幸いです。

さて,本事例の本題である汚染源がHCV抗体陽性の場合についてです。HCV抗体が陽性の場合,さらにHCV-RNAが陽性であるか確認します。現在,主に行われているリアルタイムPCR法を用いたHCV-RNA検査は高感度であり2)3),増幅反応シグナルも検出しなかった症例では血中に感染を引き起こすほどのHCVは存在しないと考えて差し支えありません。本症例は抗ウイルス療法後とのことですが,治療からある程度の期間が経過している場合には同様に考えて頂ければと思います。

HCV-RNA陽性の患者からの針刺しによる感染率は約2%とされていますが,現在でも有効な曝露前のワクチンや曝露後の対策は確立していません。C型急性肝炎は50~90%と高率に慢性化することが報告されており,これまでは慢性化すると治癒が容易ではなかったため,奏効が期待できる急性肝炎の段階でのインターフェロン(interferon:IFN)療法が行われていました。ただ,HCV抗体陽性化するもののウイルス排除が行われ自然治癒する症例も少なからずあるため,治療の時期については議論の残るところでした。

そんな中,副作用が少なく高い効果が期待できる経口治療薬(direct acting antivirals:DAAs)の登場により,C型肝炎の治療戦略は近年大きく変化しています。C型慢性肝炎での90%以上の高い奏効率を考慮すると,針刺し後の症例においても慢性化の定義を満たす発症後6カ月の時点でもHCV-RNA陽性であった場合にDAAsによる治療を行うことが健康保険適用となり,医療費助成制度など最新の治療へのアクセスが整っているわが国での実際的な治療方針と考えられます。万が一,肝炎を発症された際には,治療の時期や薬剤の選択なども含めて肝臓専門医へご相談下さい。

【文献】

1) Schillie S, et al:MMWR Recomm Rep. 2013;62 (RR-10):1-19.

2) 狩野吉康, 他:医学と薬学. 2007;58(1):137-49.

3) 菅原昌章, 他:医学と薬学. 2016;73(10):1329-39.

【回答者】

奥新和也 東京大学医学部附属病院感染制御部

森屋恭爾 東京大学医学部附属病院感染制御部教授

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top