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検死と向精神薬[エッセイ]

No.4936 (2018年12月01日発行) P.66

村上 光 (村上内科)

登録日: 2018-12-02

最終更新日: 2018-11-27

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自殺の目的で服用する普遍的な薬物は睡眠薬である。以前は、大量に服めば寝ている間に楽に死ねる、との思いこみから睡眠薬死は多かったが、最近の薬は沢山服んでも吐いてしまって死ねないとか、睡眠薬死は決して楽でない、との情報がインターネットで出まわっているようである。

いつの頃からか向精神薬と死亡の関係が気になり、過去の自験例から解剖例、検案事例を調べて統計を、と思い立った。2011年10月から16年12月までの約5年間に愛媛県警察本部で取扱った検死事例の中から、向精神薬を服用していた例を検視官室に頼んで抽出してもらった。

集計数は800例を超えたが、最終的に自殺277例、突然死と思われる456例、計733例を検討の対象とした。検視総数は5年間で約1万1300件であるので、全体の約6%である。

対象とした向精神薬は睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬の4種類で、服薬剤数は、自殺では3剤服薬が最も多く、突然死は1剤が最も多かった。最多服薬は自殺14剤、突然死10剤であった。

向精神薬の服薬状況は、自殺では睡眠薬+抗精神病薬の2剤併用が最も多く、次いで睡眠薬単独、睡眠薬+抗うつ薬2剤併用、睡眠薬+抗不安薬+抗うつ薬+抗精神病薬4剤併用が続いた。突然死では睡眠薬+抗精神病薬の2剤併用が最も多く、次いで睡眠薬単独、抗精神病薬単独、睡眠薬+抗不安薬+抗精神病薬3剤併用、抗不安薬単独が続いている。

向精神薬服用の上位薬剤は以下の通りである。

睡眠薬:フルニトラゼパム、ブロチゾラム、ゾルピデム等
抗不安薬:エチゾラム、アルプラゾラム、ロラゼパム等
抗うつ薬:パロキセチン、ミルタザピン、フルボキサミン等
抗精神病薬:リスペリドン、ベゲタミンʀ、オランザピン等

向精神薬の薬理作用は、睡眠薬および抗不安薬は視床下部、大脳辺縁系の抑制作用によって催眠、鎮静作用を示し、抗うつ薬は脳内セロトニン・ノルアドレナリンの取り込み阻害作用によって抗うつ作用を、抗精神病薬はドパミン・セロトニンの受容体遮断作用によって中枢神経調節作用を示す、とされている。

一方、副作用として睡眠薬や抗不安薬は薬物依存や中断による禁断症状をきたす他、呼吸抑制、アナフィラキシーショックをきたすものもある。抗うつ薬は自殺念慮、自殺企図の他、一部の薬剤では心室頻拍・細動、QT延長、心筋梗塞をきたす。抗精神病薬はほとんどすべての薬剤で原因不明の突然死をきたし、致死性不整脈、肺塞栓等の他、一部の薬剤では自殺念慮、自殺企図をきたす場合がある、と記されている。

うつ病や統合失調症は、疾患特異性としてその約1割に自殺の危険性があるとされるので、この両者は治療の面からもきわめて慎重であらねばならない。

最近、医療費抑制と向精神薬の濫用傾向是正の点から向精神薬規制の動きがあり、3種類以上の抗不安薬、睡眠薬、抗うつ薬または抗精神病薬の投薬に対し減額されるようになったが、その根拠に副作用の視点はないようである。検死統計をみても、服薬剤数と死亡との間に相関関係はみられない。

したがって、向精神薬の致死的副作用を考慮するには、年齢、家族歴、既往歴、現病歴、向精神薬による治療歴等の他、少なくとも医療機関において向精神薬の血中濃度、日中変動、日差変動等の面からも検討することが必要である。これは死因究明の大前提として、臨床と検死の両サイドで知見を共有する必要がある。

今後は向精神薬の単剤服薬のみならず、併用服薬による致死的作用機序の検討を進めたいが、あえてこれまでの検討から言えば、自殺はうつ病や統合失調症の疾患特異性によるものが大きいと思われ、睡眠薬はその傾向を助長する恐れがある。突然死は統合失調症の治療において抗精神病薬の致死的副作用他を念頭におくべきである。また、睡眠薬はこの傾向を助長する恐れがある、と言いたい。

この検討において、もう1つ浮かび上がった問題がある。それは同一薬剤重複服薬である。これは服薬された製品名を一般名として検索したとき、同一薬の重複があることが判明した。それは自殺で15例、突然死で34例にみられ、中には1種類の睡眠薬を異なった3種類の薬剤として服用、また、3種類の睡眠薬を1種類2錠宛の異なった6種類の薬剤として服用していた例もみられた。さらに、抗精神病薬重複例の中にはクロルプロマジンとその配合剤の重複や、配合剤自体の重複もみられたが、この場合はクロルプロマジン投与量の調整の意味もあったのかもしれない。

重複の原因は巷間よく言われるように、先発薬、後発薬およびその一般名で薬剤が市販されることによる混乱があると思われる。

検死統計に登場した向精神薬をみていると、古くから言われてきた「薬は毒、毒は薬」という実感を覚える。

筆者が医師になりたての頃、先輩から「ジギ末を使いこなせたら一人前」とよく言われたが、「向精神薬を使いこなせたら一人前」というのも新しい格言のような気がする。

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