
❶ はじめに:「肺炎」だけを診ない
高齢患者が肺炎で入院した。抗菌薬の投与が始まった。家族は「治りますか? また食べられますか?」と尋ねる。誤嚥性肺炎診療の難しさは,ここから始まる。問題は肺炎だけではない。口腔環境,嚥下,栄養,姿勢,食事介助,薬剤,家族の支援力,退院先,本人の価値観までが絡む。だからこそ,診療は「治す」と「支える」を同時に進める必要がある。本稿では,誤嚥性肺炎を“肺炎”で終わらせず,“食べる”と“物語”につなぎ直すための実践を整理する。
誤嚥性肺炎は,細菌性肺炎の一型として扱うだけでは見落としが多い。実際には,嚥下障害,低栄養,口腔衛生不良,フレイル,認知症,薬剤の影響,生活機能低下が重なって発症する。臨床上の失敗は2つある。1つは抗菌薬だけで終えること,もう1つは十分な評価がなく「終末期」と決めてしまうことである。アウトカムは解熱や酸素飽和度の改善だけではない。再び口から食べられること,苦痛が和らぐこと,戻りたい場所に戻れること,そして死の質(quality of death:QOD)を見据えた意思決定も含まれる1)~5)。
近年のEDAR(eating and drinking with acknowledged risks)の概念は,誤嚥リスクをゼロにすることだけを目標とせず,快適さ,尊厳,自律性を重視した意思決定の重要性を示している6)。オスラー(William Osler,1849〜1919)に帰せられる「良い医師は病気を治療し,偉大な医師は病人を治療する」という言葉は,この領域でとりわけ重い。他方,カント(Immanuel Kant,1724〜1804)が人間を単なる手段ではなく,目的それ自体として扱うべきだと述べたように,「再発予防」の名のもとに患者を安全管理の対象へ還元しない視点も必要である。食べることは単なる栄養摂取ではなく,快楽であり,関係性であり,生活そのものである。
❷ 時間軸で診る:Trajectory curveとPatient Journey
(1) Trajectory curveによる介入判断
誤嚥性肺炎は,1回の入院だけを切り取っても本質が見えにくい。もともとの食べ方,食べていたもの,食事介助の有無,口腔環境,栄養状態,体重変化の変遷,家族の介護力,外来・歯科・訪問診療とのつながり,退院後の生活まで含めて診る必要がある。急性の落ち込みなのか,慢性進行の一部なのかにより,精査の深さも,介入の強さも,退院支援の方向性も変わる。急性経過時に詳細な病歴聴取の末に,入院前に明らかなトリガーがあり,もしその治療に介入できれば,もとの生活に回復する見込みは高いだろう(図1)。しかし,原因精査をせず,抗菌薬のみの治療であれば,回復の可能性を摘むことになる。反対に,慢性経過であり,誤嚥性肺炎そのものを繰り返しているような場合では,積極的な治療介入は,無益なだけでなく,本人の負担になる可能性も出てくる。実臨床ではそのどちらとも言えない治療可能性が不確実なケースがほとんどである。そういった場合には,後述の期限付きの根治的治療(time-limited trial:TLT)を用いて,本人の可能性を最大化し,同時に本人の負担を最小化する取り組みが有用であると筆者は感じている2)4)7)。

(2) Patient Journeyを診療に生かす
誤嚥性肺炎は繰り返すことも多く,1回目の入院と,複数回目の入院では,患者本人の状態や,環境,介入方法も様々である。誤嚥性肺炎だからと言って,介入方法は共通のものもあるにせよ,個別性が高い。それは入院前後のPatient Journeyの差だと言える。どのような生活,食事をしてきたか,そしてどこに帰るのかを押さえ,入院中に模索する介入方法が医療者の独りよがりにならないように,入院前後の医療介護資源をしっかりと把握し,適切な範囲での介入を決めることが重要である(図2)8)9)。さらに,肺炎治療は苦痛を伴うものである。嚥下調整食1つをとっても,本人が食べたくないと思うこともあるかもしれない。その治療は何のためなのか,我々は常に問いながら,本人の価値観を鑑みながら診療に携わることが要求される。

ここでPatient Journeyをもう少し明示的にとらえておきたい。患者経験価値(patient experience:PX)は,患者や家族が医療に接する各場面で「何を経験したか」をみる視点であり,Patient Journeyは,その経験を時間軸の上に並べ,どの段階で,誰が,どのような感情と障壁に直面しているかを可視化する方法論である。誤嚥性肺炎のこの旅路は,救急受診や入院の時点から始まるのではない。もともとの生活,食べ方,口腔環境,家族の介護力,外来・歯科・訪問診療とのつながりの中で既に始まっており,退院後,再入院,施設入所,在宅看取りまで続く。したがって,1回の入院だけを切り取っても本質は見えない。
(3) 誤嚥性肺炎を増悪・再発させる「悪循環」を断つ
誤嚥性肺炎の背景には,典型的な悪循環がある。肺炎で食べられない→嚥下機能が落ちる→低栄養が進む→絶飲食(nil per os:NPO)が長引く→活動性が下がり,さらに肺炎が長引く,または再発する。不要なNPOや安静はこの悪循環を強める(表1)。

❸ “誤嚥性肺炎の原因”は何なのか
(1) 治療可能な原因を探す
高齢者が肺炎を起こし,食事中のむせや認知症があると,すぐに「誤嚥性肺炎」とラベルづけされやすい。しかし,そのラベルはしばしば思考停止をまねく。筆者が強調したいのは,誤嚥性肺炎診療の失敗は,抗菌薬のみで終えることだけではなく,十分な評価もなく「もう終末期だから」と結論づけてしまう点である。
嚥下障害の原因は多彩である。脳血管障害,パーキンソニズム,神経筋疾患,頭頸部腫瘍,食道病変,薬剤性,せん妄,うつ,心不全,代謝・内分泌異常,感染,便秘やイレウスによる全身状態悪化など,治療可能な背景が隠れていることがある。急性期病院の報告では,入院時に誤嚥の原因が不明だった誤嚥性肺炎疑い例の30.7%で,入院後に誤嚥の原因となる疾患が新たに診断された。詳細な病歴聴取と診察を省略して「高齢だから」「認知症だから」と説明し切ってはいけない10)。
(2) 嚥下と口腔機能を悪化させる薬剤

誤嚥性肺炎では,薬剤性の悪化因子がしばしば潜んでいる。中枢神経抑制薬(ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬など),抗コリン薬・鎮痙薬,抗精神病薬,オピオイドなどは,覚醒低下,口腔乾燥,錐体外路症状,便秘などを介して摂食・嚥下を悪化させうる(表2)11)~13)。神経原性嚥下障害の診療指針に加え,抗精神病薬と肺炎,抗コリン薬と嚥下障害の関連を示す観察研究・メタ解析がある。

薬剤の見直しでは,「誤嚥に直接効く薬があるか」ではなく,「眠気,口渇,便秘,活動量低下,服薬の複雑化を通じて食べる力を落としている薬はないか」を時系列で確認する。中枢神経抑制薬増量後に朝食時のむせが増えた,抗コリン薬導入後に口腔乾燥や便秘が強くなった,オピオイド開始後に日中の覚醒が落ちた,といった文脈を丁寧に拾う。
(3) 嚥下5期モデルとSWEEP 5D
誤嚥性肺炎の原因を探す際には,嚥下5期モデルで障害相を整理し,SWEEP 5Dで急性期に見落としたくない可逆的要因を確認する(図3)。

