
❶ はじめに─腎臓専門医の総合内科医が語る「腎臓と薬剤」
腎臓は,体液(細胞内液・細胞外液)の内部環境を調節する臓器である。その機能を発揮するために,糸球体では1日約200Lもの大量の血液を濾過し,その下流に続くネフロンの尿細管において約199Lを再吸収している。さらに腎臓は,濾過と再吸収だけでなく,腎尿細管からの驚異的な分泌能力を有していることが知られている。つまり腎臓は,摂取した無数の化学物質(薬剤を含む)を,主として近位尿細管において代謝・分泌する能力を有している。
以上のことから筆者は,「薬剤は必ず腎臓の機能に何らかの変容をきたすもの」と考え,日々の臨床を実践している。その影響は,濾過・再吸収・分泌という腎臓の主な機能のいずれかに必ず現れるはずである。薬剤による機能の変容が病的な範囲まで拡大すれば,薬剤性腎障害(drug-induced kidney injury:DKI)・電解質異常という臨床上の問題となる。
よって,薬剤性腎障害・電解質異常は,薬剤を処方する限り,医師が日常診療において遭遇しうる事象であると考えるべきである1)。
本稿では,一般内科の外来においてしばしば処方される常備薬(循環器作動薬,利尿薬,代謝改善薬,鎮痛薬など)を中心に,筆者の経験を通じて薬剤性腎障害・電解質異常について解説する。総合内科医としての筆者の近年の診療対象は高齢者が中心であり,本稿は高齢者診療を腎臓の視点から再考することにもなるであろう。
❷ 「必ず起こる」を前提とした臨床思考
医師の職能(天職)が薬剤を処方することであるならば,腎臓の天職は,その薬剤を代謝して尿中へ排泄することである。薬剤の影響により腎機能の変化が顕性化した状態を,薬剤誘発性急性腎障害(drug-induced acute kidney injury:DI-AKI)として,4つの類型に分類すべきであるという意見がある2)。筆者は,この分類が薬剤性腎障害・電解質異常の病態理解,診断および治療に有用であると考えており,以下に概説する。
(1) 最新の2×2分類(ADQI)と実臨床のギャップ
第23回ADQI(Acute Dialysis Quality Initiative)会議で提唱された新しい分類体系は,従来の血清クレアチニン(sCr)などのGFRマーカーである「機能的指標」と,NGALなどの「損傷マーカー」を組み合わせた2×2分類フレームワークを用いる(表1,図1)。


この分類を用いることで,sCr上昇を待たずに腎損傷をとらえたり,あるいはsCrが上昇していても「腎損傷はない」と判断したりすることが可能になるとされている。ただし実際の診療では,保険診療で利用可能な損傷マーカーの精度の問題から,腎損傷を診断できていない可能性が高い。また,GFRマーカー等の機能的指標の精度から,腎機能低下を診断できていない可能性が高いことを認識すべきである,と筆者は考えている。

ADQI分類の提唱者たちは,この分類への転換が,DI-AKIの診断を「静的な結果」から「動的なリスク評価」へと進化させると考えているようである。この分類の利点として,尿細管障害の新規バイオマーカーの活用により,GFRの変化のマーカーであるsCrの上昇に先立つ「超早期介入」が可能となることが挙げられる。さらに,不要な休薬による主疾患(がんや心不全など)の治療機会損失を防ぐ戦略的判断が可能になることも利点とされている。筆者は,本ADQI分類は,実臨床向けのみならず,「新薬の開発過程での腎障害を覚知することも視野に入れた分類である」と考えている。
(2) 各カテゴリーの詳細と臨床上の真髄
(1)【カテゴリー1】偽性AKI
─数値の上昇に惑わされて薬を中止しない
sCrは上昇するが,実質的な糸球体濾過量(GFR)の低下や腎組織損傷を伴わない「偽性AKI(acute kidney injury,急性腎障害)」を識別することは,不必要な不安や治療中断を避ける上で決定的な価値を持つ(表2)。本ADQI分類は,血中シスタチンC(CysC)濃度の測定を推奨している。CysCは筋肉量や年齢の影響を受けにくく,尿細管で分泌されないGFRマーカーであり,その濃度が正常であれば,「真の腎機能低下ではない」と断定できるからである。しかし,CysCもGFR以外の因子(甲状腺機能,炎症,副腎皮質刺激ホルモンなど)の影響を受けることや3),その測定が外注検査であることも多く即時性に欠けることから,実臨床で使用することは現状ではほぼ不可能ではないか,と筆者は考える。

セフォキシチンや,延命に寄与する最新のチロシンキナーゼ阻害薬(TKIs)を,この偽性上昇のみを理由に安易に中止してはならない(GFRマーカー以外の尿検査異常や電解質異常,あるいは,臨床的症状の出現など,薬剤に伴う異変が認められた場合には中止すべきである)。
これは「主疾患の過小治療」という誤判断をまねきかねない重要なカテゴリーである。
筆者は,このようなGFRマーカーに影響を及ぼす薬剤の存在自体が,臨床現場ではほとんど認識されていないことを危惧している。

(2)【カテゴリー2】可逆性AKI
─SGLT2阻害薬による「永続的低下」の脅威
カテゴリー2は,腎血流動態の変化によってGFRが低下する状態であり,早期対応により高い可逆性を持つ病態である(表3)。この点が非常に重要であり,筆者が経験した腎障害のほぼすべてがこのカテゴリーに属する。

一般に「SGLT2阻害薬導入時の『initial dip(初期のsCr上昇)』はTGFを介した治療的な反応であり,損傷マーカーが陰性であれば,これを理由に中止する必要はない」と言われている。しかし,糸球体内圧が上昇していない症例(非肥満,非糖尿病,蛋白尿のない例など)へのSGLT2阻害薬の使用は,糸球体虚血からのpermanent dipをまねく道となりうると考えている。筆者は実際に,このような症例の紹介を多数受けており,特に,RAS阻害薬との併用例でその傾向が顕著である。
さらに,これらの薬剤は,腎保護効果のエビデンスが確立されている一方で,循環血漿量低下時や高齢者においては腎灌流の脆弱性・変動性を露呈させる。特に腎血流の自己調節能(autoregulation)が低下している状況(NSAIDs併用・肝硬変・心不全など)では,リスク評価が必要である。
こうしたリスクへの対策として「シックデイルール」が知られているが,その有効性を支持するエビデンスは乏しく,現実にはシックデイ後に薬剤が再開されないケースも多い。CKD患者の腎機能低下に対して,RAS阻害薬をいったん中止したまま再開しない場合,かえって腎予後が悪化することが,複数の臨床研究で示唆されている。
糖尿病例(わが国で保険診療上,より早期の腎機能低下の把握が可能な微量アルブミン尿の測定が認められているのは糖尿病関連腎臓病だけである)以外の慢性腎臓病において,蛋白尿を有していない症例に,「腎保護効果を期待する」と称してこれらの薬剤を頻用することは,有害で永続的な糸球体内圧低下をきたしうることに注意すべきである。この永続的な糸球体内圧低下は,輸出細動脈以後の腎間質への血液灌流圧低下を介して,腎間質の虚血を引き起こしうると筆者は考えている。
CKDに対する適応を有する薬剤であっても,投与するのみで自動的に腎機能が改善すると誤解してはいけない1)。
最近は,シックデイ終了後も薬剤が再開されていないことが問題とされている。

