日本の医療現場では,インフォームドコンセント(IC)が形式的な「説明と同意」にとどまり,患者が真の意味で選択できているかという課題が常に存在します。中山和弘教授による本書は,この課題を打破するための核心的なアプローチであるシェアードディシジョンメイキング(SDM)と,それを支えるツールであるディシジョンエイド(DA)を体系化した,待望の指南書です。
本書の最大の特徴は,国際基準の核心を「お・ち・た・か(オプション・長所・短所・価値観)」というきわめて簡潔な頭文字に整理したことにあります。特筆すべきは,この「おちたか」という言葉が,患者にとっての「腹落ちしたか」という問いかけそのものとして機能する点です。
著者は,論理的な正しさを頭で理解する「納得」にとどまらず,自分の感情や価値観としっくりくる「腹落ち(自分ごと化)」に至るプロセスの重要性を説いています。医療における選択には,常に不確実性が伴います。だからこそ,理屈で「正しい」とされる答えを外に求めるのではなく,モヤモヤが晴れ,「自分もそれをやりたい」と心から思える「腹落ち」の状態こそが,後悔のない選択とウェルビーイング(幸福)への鍵となるのです。
このプロセスを理論的に裏づけているのが,本書でも引用されるRyan&Deciの「自己決定理論」です。この理論によれば,人は「自律性」の欲求が満たされ,外部からの情報を自らの価値観と統合できたとき,最も高い活力と持続性を発揮します。本書が提唱する支援は,まさに患者の自律性を支え,医療情報を「自分自身の価値観」へと昇華させるための枠組みと言えます。特に第8章の「意思決定コーチング」では,DAを単なる情報提供ツールに終わらせることなく,医療者が患者の「伴走者」として対話を深める技術が詳述されています。
「納得はすべてに優先する」という言葉がありますが,本書はその先にある「腹落ち」という深い充足感へと導いてくれます。意思決定の迷いの中にいる患者を,「選ぶ主体」として支えたいと願うすべての医療従事者にとって,必読のバイブルとなる一冊です。
