意思決定支援とディシジョンエイド
~「お・ち・た・か」で実践するシェアードディシジョンメイキング~
ディシジョンエイドの開発から実装までを網羅した一冊
目次
1 患者中心の医療の切り札はSDM
2 「お・ち・た・か」─DA の心臓部となる4つの柱
3 世界のDA 普及状況と日本の可能性
4 技術革新による「お・ち・た・か」の進化
5 「お・ち・た・か」の力─2024 年コクランレビューの結果
6 なぜ今「お・ち・た・か」が必要なのか ─ 日本の保健医療における6つの課題
第2章 意思決定支援が必要な理由
1 意思決定の2つのシステム ─ 直感的意思決定と合理的意思決
2 ICからSDMへの発展とその理論的背景
3 意思決定における葛藤やジレンマ
4 意思決定のバイアスを知り,共感しつつ中立的に支援する
5 変化のステージモデルが示す意思決定支援の必要性
─ なぜ心理的準備を無視した情報提供は失敗するのか
6 保健医療での意思決定経験による学習効果
第3章 ディシジョンエイド(DA)の作り方:国際基準に沿った開発プロセス
1 作成前に知っておくべきIPDAS品質基準
2 開発チームを作る
3 「お」オプション(選択肢)を決めて既存のDAを探す
4 「ち」「た」長所・短所の情報構造を設計する
5 「か」価値観の要素を組み込む
6 「お・ち・た・か」DA のプロトタイプを作って改善する
第4章 すべての選択肢を偏りなく提示する:6つの偏りと解決法
1 情報提示の偏りはなぜ起こるのか
2 実際にどのような偏りが起きているか:6つのパターン
3 実践:偏りを防ぐための具体的な方法
第5章 確率情報の効果的な伝え方:基本原則と心理的配慮
1 数値で示し,「誰に」「いつまでに」を明確に
2 「相対リスク」だけでは伝わらない ─ もともとの確率と変化の大きさを示す
3 視覚的表現の活用─アイコンアレイとグラフの使い方
4 不確実性の明示 ─「 絶対」はないことを伝える
5 時間の示し方 ─「 いつまでに」起こるかを伝える
6 正確さだけでは足りない ─ リスク認知の心理学と段階的説明
第6章 患者の物語と専門家の声:エビデンスを踏まえてどう生かすか
1 ナラティブの力と危険性:なぜ慎重に扱う必要があるのか
2 ナラティブを含める場合の基準とバランス
3 物語性を活かしつつ誤解を避ける工夫
4 専門家意見の位置づけと提示方法
5 日本における実証研究とインターネット時代の課題
第7章 評価と継続的改善:DAの効果を測定し高める
1 なぜ評価が必要か
2 「どのように決めたか」を測る
3 「どれだけよい決定ができたか」を測る
4 評価結果の報告:SUNDAEチェックリスト
5 改善が進まないときの視点:意思決定の段階の再確認
6 意思決定は一度で終わらない:決定後の継続的な見直し
第8章 意思決定コーチング:DAを活かす対話技術
1 DAは医療者を置き換えるのか?
2 意思決定コーチングの理論的土台
3 「お」を一緒に確認する対話:すべての選択肢を知る
4 「ち」「た」を一緒に確認する対話:利益と害の理解
5 「か」を引き出す対話:価値観の明確化
6 配慮が必要な対話場面:典型パターンと対応
7 診断告知への「お・ち・た・か」の応用
~選択肢の存在を先に伝えることの意味~
8 学習効果の可能性:意思決定スキルの向上
9 対話の継続性:価値観を次回につなげる記録技術
10 多職種での実践と日本での実装
第9章 デジタル時代のDA:個別化支援を加速する技術
1 AI 技術活用:個別化DA の実現
2 チャットボット型DA の設計:対話で支援する
3 電子カルテ(HER)連携:リアルタイム個別化の実現
4 モバイル対応とアクセシビリティ:すべての人に届ける
5 ウェアラブル・IoT連携:継続的モニタリング
6 組織全体でDAを活用する:オンラインDA 作成システムとチーム訓練
7 VR 技術:体験で理解を深める
8 先端技術:ブロックチェーン,量子機械学習(QML),ベイジアン推論
9 技術の限界と倫理的配慮
第10章 実装と普及:「お・ち・た・か」を医療現場に根付かせる戦略
1 実装を成功に導く8つのプログラム理論
2 段階的導入プラン:基本モデルと現場に合わせた調整
3 経営層への説明責任:費用対効果と持続可能性
4 実装を成功させるための具体的な戦略と評価指標
5 実装を支える制度的基盤:日本の現状と今後の展望
索 引
序文
そんな私が,意思決定の研究をしています。自分にないものを研究することは,意外にあることのように思います。決められる人は,決めればよいだけですから。
でも,決められないのは私だけではないようです。私たちの調査では,日本人のヘルスリテラシー(健康や医療の情報を入手,理解,評価して適切に決められる力)は,欧州やアジアと比較すると最も低いものでした。特に判断したり決めたりするのが難しい傾向にありました。さらに,世界価値観調査によれば,人生の選択の自由度は最低ランクをさまよっています。選択の自由がないこともあるかもしれませんが,どうやら学校でも職場でも意思決定の方法を教えてもらっていないからのようです。
意思決定支援は,国際的にエビデンスが蓄積されてきました。しかし日本では,その知見が標準的な実践として普及しきらず,個々の医療者の経験や工夫に依存した「臨床の技」として実践されがちでした。本書は,2021年にMedical Decision Making誌に掲載された13本の国際的レビュー論文と2024年コクランレビュー,2025年IPDAS 5.0国際基準,そして日本国内の最新の研究を基盤として,エビデンスに基づく意思決定支援の理論と実践を体系的にまとめた教科書です。ディシジョンエイド(decision aid:DA)とシェアードディシジョンメイキング(shared decision making:SDM)を,健康・医療の意思決定場面で実践するための考え方と手順を,具体的に解説します。
本書を通して,選択肢(オプション)を知り,それぞれの長所と短所を比較し,そして自身の価値観——本書で用いる枠組みである「お・ち・た・か」——を言葉にして整理し,意思決定のプロセスを学ぶことができます。「どんなものにも光と影がある」という原則のもと,自分にとって何が重要かを考える決め方です。
誰もが選んだ結果に不満があれば多少は後悔するものです。しかし,意思決定の方法で後悔すると二重の後悔になってしまいます。結果は選べない。ですが,「選び方」は選べます。「お・ち・た・か」は後悔を防ぎ,自分の価値観に気づき,自分らしい人生を送ることを支援します。
私は,胸に手を当てて,心の声を聴いて,自分で決めることを幸せだと思うようになりました。健康を自分で決めることができ,さらに身近な人と信頼関係を築きながら決めることができれば,もっと幸福になれるのではないでしょうか。本書が,自分らしく生きることができる社会の実現に少しでも貢献できれば,著者としてこれ以上の喜びはありません。そのための実践的な道具として,手に取ってもらえれば幸いです。
私がDAに出会ったのは,同僚であった有森直子さん(現在,新潟大学)の研究を支援したことがきっかけでした。その後,私の研究室でDA研究により博士号を取得した大坂和可子さんは,当時から現在に至るまで,後に続くDA研究者の育成と支援を続けています。
お二人をはじめ,DAの開発に共に取り組んできた研究室の修了生や共同研究者のみなさん,SDMおよびDAに関連する講演・イベント,原稿執筆の機会をくださった学会,患者団体,行政・医療機関,製薬会社などの医療関連企業のみなさんに,心より感謝いたします。
そして,本書の企画から出版に至るまで支えてくださった日本医事新報社の横尾直享さんに,深く御礼申し上げます。
2026年2月
中山和弘
正誤表
下記の箇所に誤りがございました。謹んでお詫びし訂正いたします。
5頁 下から3行目
誤:なお,SDMを実践するための国際的枠組みとして,なお,SDMを実践するための国際的枠組みとして,
正:なお,SDMを実践するための国際的枠組みとして,
9頁 上から2行目
誤:さらに,各項目の重要度を星の数で
正:さらに,各項目の重要度を1~5の数字で
25頁 上から3行目
誤:AAI機械学習
正:AI機械学習
61頁 図9のキャプション3行目
誤:行動記
正:行動期
69頁 上から4行目
誤:第3章「コラム…
正:第1章「コラム…
71頁 上から14行目
患意思決定スキル
意思決定スキル
100頁 上から2~3行目
誤:メタアナリシスでは,決定分析を用いた価値観明確化は,他の手法と比較して価値観一致度において有意に高い効果を示しました。また,意思決定葛藤の軽減においても効果が認められています15)。
正:メタアナリシスでは,決定分析を用いた価値観明確化は,他の手法と比較して価値観一致度において有意に高い効果を示しました15)。
105頁 表15のポイント6つ目
誤:難解な感じ
正:難解な漢字
203頁 表11の左列の3行目
誤:心理測定特性
正:実施方法
236頁 図24の上から7行目
誤:安全性が心配ですね本人の大事なこと…
正:安全性が心配ですね。本人の大事なこと…