3 EBMから見た「不要な採血」とは
では,具体的に「どう減らせばよいのか?」。ここからが今回の実践編だ。
世界的な動きとして,Choosing Wisely(賢明な選択)というキャンペーンがある。2012年に米国内科専門医機構財団(ABIM Foundation)が始め,現在は20カ国以上に広がっている運動だ。「過剰な医療を減らし,本当に必要な医療を選ぼう」という,各専門学会が主体となった取り組みである。
日本でも2016年にChoosing Wisely Japanが設立され,総合診療指導医コンソーシアム,EM Alliance(救急領域)など,複数の団体が「考え直すべき医療行為」のリストを公表している。
採血に関する代表的な推奨を,いくつか紹介する。
推奨①:臨床的・検査値が安定した入院患者では,繰り返しCBC・生化学検査を行わない
これは米国Society of Hospital Medicine(SHM)が2013年に発表したChoosing Wisely推奨の筆頭項目だ。
具体的な目安としては:
・臨床的に安定している(バイタル変動なし,症状変化なし)
・検査値も安定している(直近の検査結果に大きな変動なし)
─という条件を満たす患者では,毎日のCBC・生化学検査は不要とされる。隔日や週2〜3回,あるいは臨床的に必要な時のみ,で十分なケースが多い。
研修医のみなさんが担当する患者さんの中にも,この条件に当てはまるケースは多いはずだ。
推奨②:出血リスクのない患者への入院時ルーチン凝固系検査を行わない
PT/APTTなどの凝固系検査は,出血リスクが明確にある場合〔手術前,抗凝固薬使用中,肝硬変,播種性血管内凝固(DIC)が疑われるなど〕にのみ必要とされる。
無症状で出血リスクのない入院患者に,「入院時セットだから」とPT/APTTを出すのは,ほとんどの場合不要だ。
推奨③:治療効果判定のCRPは,毎日ではなく数日に1回で十分
抗菌薬の効果判定のためにCRPを連日測定する習慣は,研修医に多くみられる。しかし,CRPは半減期が約19時間で,感染症の経過を追うには2〜3日に1回の測定で十分である。毎日測ったところで,得られる情報量は限られる。
推奨④:術前検査のルーチン化を見直す
無症状で低リスクの患者に対する術前ルーチン検査(胸部X線,心電図,凝固系など)は,過剰な場合が多い。患者の年齢,既往歴,術式に応じた個別判断が原則だ。
これらの推奨は,いずれも「採血をするな」と言っているわけではない。「漫然とした採血をやめ,根拠のある採血をしよう」という,きわめて常識的なメッセージである。
4 「採血を減らす」ことの倫理
ここまで読んできた研修医のみなさんの中には,こう感じる方もいるかもしれない。
「でも先生,採血を減らして,何か見落としたらどうするんですか? 不安です」
これは,本当に正直で,きわめて重要な問いだ。
実は,若手医師が「とりあえず採血」をしてしまう背景には,いくつかの心理がある。
・不安:何か見落とすのが怖い
・保身:後で『なぜ採血しなかったのか?』と問われるのを避けたい
・習慣:上級医にならって,なんとなく出している
・教育の問題:減らす根拠を体系的に学ぶ機会が少ない
これらは,いずれも若手としてきわめて自然な感覚だ。私自身,研修医時代は「念のため」の採血を山ほど出していた記憶がある。
しかし,よく考えてほしい。
「とりあえず採血」は,本当に患者さんのためだろうか?
それは,自分の不安を解消するための検査ではないか?「何か起きたら困る」という,医療者側の保身ではないか?
患者本位の医療とは,根拠に基づいて検査を選択することだ。「採血する判断」も,「採血しない判断」も,同じく医学的根拠に基づいてなされるべきである。EBMに基づいて検査を減らすことは,決して「手抜き」ではない。むしろ,より丁寧で,より誠実な医療だ。
第2回で「コーディングは正直さが原則」という話をした。同じことが,検査にも言える。
検査もまた,誠実さが原則だ。
患者さんに対して「あなたには今,この検査が必要です。なぜなら……」と説明できる検査を出す。逆に言えば,説明できない検査は出さない。これが,若手医師に身につけてほしい姿勢だ。
採血を減らすということは,患者さんを軽んじることではない。むしろ,患者さんを大切にする医療なのだ。患者さんの血液を,患者さんの体の中にとどめておく。患者さんの苦痛を,減らす。患者さんの貧血を,防ぐ。
「Blood Belongs in the Patient」─血液は,患者さんの体にあるべきもの。この姿勢こそ,DPC時代の若手医師に求められるプロフェッショナリズムだと,私は考えている。