3 入院期間Ⅱを超えると,何が起こるのか
では,もう少し具体的に,入院日数による収益の違いを見てみよう。同じ80歳代女性の市中肺炎で,退院日が変わった場合のシミュレーションだ(包括点数の合計のみ)(表2)。

7日と13日では,収入は約13万円違う。だが,ここで考えてほしいのは「1日当たりの単価」のほうだ。
7日退院の場合,1日当たり3458点。13日退院の場合,1日当たりに直すと2888点。入院が長引くほど,1日当たりの単価は下がる(表2)。
一方で,患者が病院に滞在することで発生するコスト─人件費,給食費,リネン交換,清掃,光熱費,看護や処置にかかる時間─これらは,ほぼ一定だ。むしろ高齢者の長期入院では,看護や介助の手間がかえって増えることもある。
つまり,期間Ⅱを超えると,1日当たりの収入は下がるのに,コストはあまり変わらない。差額が縮まり,いずれ逆転する。期間Ⅲを超えれば,出来高算定に切り替わるが,それも通常は包括より低い点数になる。1人の患者の不要な長期入院が,数万円から十数万円規模の損失を生むこともめずらしくない。
これが,何百,何千という症例の中で積み重なれば,病院の経営にとって決して無視できない数字になる。
「だから指導医の先生は,『そろそろ退院を』とおっしゃったんですね」
研修医は,少し納得した様子を見せた。だが,すぐにこう続けた。
「でも先生。それって,結局経営のために患者さんを追い出しているってことになりませんか?私たち医療者が,お金のことで退院を急かすって,なんだか違和感があります」
これは,若い医師としてきわめて真っ当な感覚だ。そして,ここがDPCを理解する上で,最も重要なポイントになる。
4 それは「追い出し」ではない─患者にとっての害
私は研修医にこう答えた。
「不必要な長期入院は,病院の収益を悪化させるだけじゃない。患者さん本人にとっても害になる─これが,医学的にも確認されていることなんだ」
長期入院が患者にもたらす害は,いくつかある。
・廃用症候群:高齢者は,安静臥床1日で筋力が約1〜3%失われると言われる。1週間も寝たきりになれば,約10%の筋力低下が起こる。入院前は自分で歩いていた患者が,退院時には歩行困難になっている,というケースは決して稀ではない。
・せん妄:不慣れな環境,昼夜のリズムの乱れ,複数の薬剤,点滴ライン……入院は,特に高齢者にとって,せん妄の温床だ。せん妄を一度起こすと,認知機能の長期的な低下にもつながることが報告されている。
・院内感染:入院日数が長くなるほど,MRSAやClostridioides difficile感染症などの院内感染リスクは上昇する。せっかく市中肺炎が治っても,入院中に別の感染症をもらって帰ったら本末転倒だ。
・転倒・骨折:慣れない病室,夜間のトイレ,ベッドからの転落。高齢者の入院中転倒は,しばしば大腿骨頸部骨折につながり,寝たきりへの一直線となる。
これらはいずれも,「入院日数を最小限にすること」自体が,患者を守る医療になりうることを示している。海外でも,平均在院日数の短縮は,医療の質を維持しながら進められてきた共通の方向性だ。
DPCの階段構造は,こうした「過剰な入院は患者の害になる」という医療の知見と,「医療資源を効率的に使う」という制度の要請とを,同じ方向に揃えるためのインセンティブ設計だと言える。経営と患者利益は,ここでは対立しない。
ただし,これは「機械的に早期退院させる」という意味ではない。退院基準を満たしていない患者を無理に帰す,家族の準備が整っていないのに退院日を決める─そんな運用は本末転倒だ。あくまで,「医学的に退院可能な状態になったら,無駄に引き延ばさない」ということに尽きる。
「『追い出し』ではなく,『その人にとって最適な時期に,最適な場所へ』ということなんですね」
研修医のこの言葉に,私は深く頷いた。