
❶ PCIデバイスの歴史的背景:再狭窄との闘い
経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)周術期における抗血栓薬について理解するにあたり,PCIデバイスの歴史を把握しておくことは重要である。1977年に欧州で初めてヒトへのPCIが施行された。当時は冠動脈を拡張するデバイスはバルーンのみであり,経皮的古典的バルーン血管形成術(percutaneous old balloon angioplasty:POBA)と呼称された。POBA時代には,PCI後24時間以内の急性冠閉塞の頻度は5~10%と高く,心筋梗塞の発症や緊急冠動脈バイパス術を要する症例もしばしば認められ,当時の大きな問題となっていた。さらに,急性期を無事に乗り越えたあとも,6カ月程度までに30~50%で再狭窄を生じるなど,慢性期における問題も早期から明らかとなった。
このような時代背景の中,1986年に登場したのが金属ステント(bare metal stent:BMS)である。ステントの使用により,急性期の手技成功率は格段に向上した。さらに,ステントはPOBAと比較して再狭窄を有意に抑制することが,1994年のSTRESS試験およびBENESTENT試験1)2)において証明され,カテーテル治療は一気にステント時代へと移行した。一方,ステントの登場によりPCIの急性期安全性は大きく向上したものの,次なる問題として,ステント内再狭窄(in-stent restenosis:ISR)が出現した。ISRは,ステント内に新生内膜が増殖・占拠する病態であり,当時はPCIのアキレス腱と表現されることも多かった。実際,ステント留置後,半年程度で20~30%にISRが発生するためである。
これを克服する目的で開発されたのが薬剤溶出性ステント(drug-eluting stent:DES)であり,再狭窄を抑制する薬剤をステント表面に塗布したものである。第1世代DESは,大規模臨床試験においてBMSと比較して再狭窄を著明に抑制することが示された。現在使用されているDESでは再狭窄率は5%弱程度まで低下しており,PCI黎明期から続いてきた再狭窄との闘いは,臨床的にはある程度許容される水準にまで到達したと言える(図1)。

❷ 血栓症との闘い
PCIにおけるもう1つの重要な課題は,ステント血栓症である。BMSが導入された当初,STRESS試験およびBENESTENT試験において,ステント留置後2週間以内に発生する亜急性ステント血栓症(subacute thrombosis:SAT)が約3.5%に認められていた。その後,Colomboらは,高圧拡張によりステントを十分に拡張することで,SATを軽減しうることを示した3)。
さらに,1998年のSTARS試験では,アスピリン単剤,アスピリン+ワルファリン,アスピリン+チクロピジン群の3群が比較され,1カ月以内の主要評価項目の累積発生率はそれぞれ3.6%,2.7%,0.5%であった(図2)4)。この結果から,ステント留置後には,アスピリン+チエノピリジン系抗血小板薬の2剤併用,すなわち抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)が標準治療として定着した。

一方で,第1世代DESは再狭窄を大幅に減少させたものの,新たな問題も明らかとなった。すなわち,留置後1カ月以降に発生する遅発性ステント血栓症,および1年以降に発症する超遅発性ステント血栓症5)である。その要因として,薬剤による内皮細胞再生の遅延や,ポリマー残存による異物反応などが考えられている。さらに,抗血小板療法の早期中断が重要な予測因子であることが示されたため(図3)6),DAPTは1年間継続するという治療戦略が一般化した。なお,BMS時代からステント血栓症の頻度自体は1%前後と決して高頻度ではない(図4)。それにもかかわらず本症が問題となるのは,報告によっては死亡率が7~48%と非常に高いためである(表1)7)~9)。





