本連載ではここ2回(No.5323、No.5331)、購読料や論文掲載料(APC)の値上げによって論文の自由な流通が妨げられていることに業を煮やした欧州の11の研究助成機関が、助成を受けた研究成果について出版直後のオープンアクセス(OA)化(即時OA化)を義務づける「プランS」の実施を宣言したことを紹介した。この計画は、商業出版社が発行する学術雑誌の完全OA化を目標とする。しかし、2018年の発表当初はかなり強気の要求であったため、前稿で紹介した様々な調整を経て、参加する研究助成機関も欧州を中心に28機関に拡大し、2021年に本格的に開始された。
「プランS」に参加する研究助成機関は、計画開始後も商業出版社へ果敢に挑み続けた。たとえば、OA出版時に支払われるAPCについては、当初検討されていた上限額の設定が出版社との調整の過程で見送られた一方、価格に透明性の確保が求められるようになった。その一環として、出版社が価格やサービス内容を比較可能な形式で公開する「Journal Checker Tool(JCT)」が2022年に開始された。APCやコスト構造に不透明な点があれば、研究者や図書館が投稿先や契約先を選ぶ際の判断材料とできるため、APC上昇の抑制も期待されたのである。
また、研究者が機関リポジトリを通じて即時OA要件を満たせるよう、「権利保持戦略」も打ち出された。この戦略では、研究者が論文を学術雑誌へ投稿する前の段階で、その論文を公開・再利用できる条件をあらかじめ設定しておくことにより、たとえ後に出版社へ著作権を譲渡しても、機関リポジトリを通じて論文を公開できるようにする。ややトリッキーに見えるものの、助成契約上の権利をあらかじめ確保することでOA化を実現しようとする、法的には有効な仕組みである。
残念ながら、これらの施策は結果として商業出版社側に軍配が上がったと言わざるをえない。JCTについては、十分な数の出版社から価格データの提示が得られなかった。開始時には27出版社・2000誌超が参加したものの、その後の学術雑誌の登録数は減少し、これに伴い研究者による利用も限定的となり、期待された機能を十分に果たせなかった。このため、維持費との兼ね合いもあり、2025年4月末をもって終了となった。
権利保持戦略についても、出版社側の強い抵抗に直面した。プランSを推進する研究助成機関側も、一部出版社が研究者の権利行使を妨げたり、OA方針との整合性をあいまいにしたりする事例を指摘している。研究者は、研究助成機関と出版社双方の要求の板挟みとなり、対応に苦慮する場面も少なくなかった。
そのような経緯もあり、「プランS」の2024年の年次報告書を見ると、関係国におけるOA比率は着実に上昇しているものの、その内訳ではAPCを伴うゴールドOAの伸びが目立つ。一方、研究者の費用負担が伴わない機関リポジトリ経由のグリーンOAの比率は低下している。つまり、「プランS」は2018年のセンセーショナルな登場時には、学術出版界を大いに賑わせたものの、結果として商業出版社の収益構造を大きく変えるまでには至らなかった。それどころか、学術雑誌のOA化促進のために導入された購読料とAPCをセット契約するいわゆる「転換契約」の導入により、商業出版社の収入をさらに拡大させてしまったのである。プランSを率いてきた事務局幹部も2025年に退任し、1年もの空席を経て、ようやく新たな体制へ移行している。学術出版改革の挑戦は、なお道半ばと言えるだろう。
船守美穂(国立情報学研究所情報社会相関研究系准教授、鹿児島大学附属図書館オープンサイエンス研究開発部門特任教授〔クロアポ〕)[論文の即時OA化][プランS][APC]