在宅医療の現場では,教科書に答えが載っていない場面に,毎日のように出会います。透析の中止を望む患者さん,最期まで点滴を希望するご家族,ひとり暮らしでの看取り……。そのたびに私たちは自問します。「これでよかっただろうか」と。本書は,そんな問いに,先生の経験を惜しみなく分かち合ってくれる一冊です。
永井先生のことは,14年前の開業直前に見学させていただいた頃から存じ上げています。当時から「患者さんとご家族を中心に,多職種がチームとして関わる」という姿勢が先生の実践の核にありました。あれから年月が経ち,在宅医療を取り巻く環境は大きく変わりましたが,先生のその軸は少しもぶれていません。むしろ,ぶれないからこそ信頼が積み重なり,今日の「たんぽぽ先生」という存在があるのだと感じています。
本書の構成は,とても読みやすく工夫されています。26のパターンそれぞれが独立したケースとして整理されているので,最初から順番に読んでもよいですし,今まさに現場で悩んでいるテーマの箇所から開いてもよい。忙しい在宅医療の合間に少しずつ読み進められる,実践的な構成です。そして各パターンが具体的な場面と簡潔な言葉で描かれているため,読んだ内容が記憶に残りやすいのも大きな魅力です。「そういえばあのとき似たようなケースがあった」と,自分の経験と重ね合わせながら読めるので,知識として理解するだけではなく,自分のものとして吸収できる感覚があります。
「パターン化」という発想は,本書を読むとごく自然に受け入れられます。人の最善は一人ひとり違う,という大前提をしっかり守りながら,経験をひとつの「型」として持っておくことで,困難な場面でも落ちついて関われる。その考え方が押しつけがましくなく,やさしく伝わってきます。パターンは思考を縛るものではなく,むしろ目の前の患者さんをより丁寧に見つめるための足場になる─読み進めるうちに,豊富な経験から生み出された智慧が自然と腑に落ちてきます。
26のパターンの選び方にも,先生らしい細やかさが光ります。ご家族の葛藤ひとつとっても,「患者本人と配偶者の意見が異なる場合」「家族間で意見が異なる場合」「本人と意向が異なる家族がトラブルを起こす場合」と,現場のリアルなニュアンスの違いを丁寧に拾い上げてくれています。また,「精神疾患患者の終末期医療」や「AYA世代のがん患者と家族の支援」など,これまであまり語られてこなかったテーマにも真摯に向き合っておられるところは,さすがだと思います。
本書は医師だけでなく,看護師,ケアマネジャー,ソーシャルワーカー,リハビリ職,薬剤師,管理栄養士など,在宅医療に関わるすべての職種を念頭に置いて書かれています。これも,患者さん・ご家族を中心とした多職種連携を何より大切にしてこられた永井先生らしい視点です。クリニックの事例検討会や多職種カンファレンスの場で,チームみんなで読み合わせてみたくなる一冊です。当院では,医師のポートフォリオ研修会の参考書として活用させていただこうと考えております。
在宅医療に「正解」はありません。不確実性と向き合うことがほとんどですが,「よい考え方の道筋」はあります。本書はその道筋を,26のパターンを通じて穏やかに示してくれます。現場で迷った日の夜にふと手に取り,「そうか,こう考えればよかったんだ」とひとりうなずける─そんな本が手元にあることは,きっと現場を続ける力になってくれるはずです。
在宅医療に関わるすべての方に,心からお勧めしたい一冊です。
