生成AIの登場により,医学論文執筆は歴史的転換点にある。日本人研究者を苦しめた英語の壁はAIによって瞬時に解消され,文法的な正確さは数秒で手に入るようになった。しかし,研究者の苦悩が消えたわけではない。AIが生成する魂のない英文を一流誌に採択される水準へと昇華させる,より高度な知性が問われる時代が到来したのだ。
本書は,この混沌とした状況に対するきわめて実践的な解を提示している。著者の市堰 肇氏は,長年,医学英語の最前線で日本人の弱点を見つめてきた専門家だ。その彼が,あえて英文法という基礎に立ち返ることを説き,医学論文の論理性と正確性は人間にしか担保できないと断言する。本書が提唱するレトリックは,AIが出力した無機質な英文を,査読者の脳に突き刺さる説得力のあるストーリーへと変換するための強力な武器となる。
特筆すべきは,本書がAI時代の倫理と責任にもふみ込んでいる点だ。大学院生や若手研究者にとって,AIは思考を停止させる麻薬になりかねない危うさを孕んでいる。医学論文におけるオーサーシップとは,単に名前を連ねることではない。一語一語の選択に責任を持つことである。出力された英文をどう加筆・修正し,著者のvoiceを吹き込みつつアクセプトされるレベルまで引き上げるかというポストエディットのプロセスは,そのまま次世代の研究倫理・技法教育へと直結する,AI時代の新しい医学英語教育の形である。
AIを使えば英語が書けなくても論文を出せるという幻想を打ち砕き,AIを使うからこそ,より高度な英語力と論理的思考力が求められるという現実を突きつける本書は,教育現場においてもAI共生時代の標準テキストになりうる。これから論文を書こうとする医師はもちろん,指導にあたる教官にとっても,AIとの健全な共生を学ぶための必読の書である。
