
❶ はじめに:プライマリ・ケアで役立つ認知行動療法(CBT)のエッセンス
プライマリ・ケアの日常診療において,我々は多彩な主訴を持つ患者に向き合っています。なかでも「検査で異常はないのに,症状が良くならない」と訴える患者への対応に苦慮することは少なくありません。しかし,心理的なアプローチが求められるのは,いわゆる「医学的に説明困難な身体症状(medically unexplained symptoms:MUS)」を持つ患者だけではありません。がんと診断された方の再発への不安,糖尿病を持つ方の行動変容を含む心理的支援,明確な身体疾患を持つ患者が抱える「心のつらさ」にどう寄り添うかも,我々にとっては重要な課題です。
このような多様な課題に対して,我々プライマリ・ケア医が日常診療に取り入れられる強力なツールが「認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)」の考え方です。本稿の目的は,CBTの専門的な技法を学ぶことではありません。しかし,その根底にある「エッセンス」を理解することで,様々な疾患や症状を持つ患者へのアプローチとして,明日からの診療に活かすための視点を持つヒントになれば幸いです。

(1) なぜプライマリ・ケアでCBTのエッセンスが重要なのか
CBTの中核には,「ある出来事に対して生じる,認知(考え),気分・感情,身体反応,行動の連鎖をとらえ,認知と行動の変容によって不適応的な反応を変化させる」という非常にシンプルな原則があります。この視点は,疾患の種類を問わず,患者の「つらさ」の構造を理解する上で普遍的に役立ちます。たとえば,あるがん患者が,定期検診の結果が「異常なし」でも,「見落としがあるかもしれない。再発は避けられない」という受け取り方(認知)をすれば,不安により日常生活に支障をきたすことがあります。また,糖尿病を持つ方が,血糖値が少し高いという結果に対し,「もう何をしても無駄だ。自分はダメな人間だ」と受け取れば(認知),食事療法や運動といった必要な療養行動を放棄してしまうかもしれません。
このように,客観的な「出来事」以上に,それをどう解釈し,意味づけるかという「認知」のプロセスや,患者が取る実際の行動が,二次的なうつ症状や不安,治療アドヒアランスの低下に深く関与しています。プライマリ・ケア医の役割は,この「認知」と,それによって引き起こされる「行動」のパターンに光を当て,患者自身がより建設的な対処法を見出す手助けをすることにあります。
(2) どのような患者にCBTの視点が有効か:各症状へのCBT的アプローチ
CBTの視点は,患者を疾患名で区切るのではなく,表1のような「つらさ」のパターンから患者を理解することで広く応用できます。これらのパターンに気づくことが,CBTの視点を活用する第一歩となります。

プライマリ・ケアで頻繁に遭遇する様々な症状に対するCBT的アプローチには表2のようなものがあります。

(3) 専門家との連携と専門医療におけるCBTの位置づけ
プライマリ・ケア医の役割は,CBTのエッセンスを用いた初期対応と,適切な専門家への橋渡しです。1人で抱え込まず,表3のような場合は専門家(公認心理師や精神科医・心療内科医)への紹介を積極的に検討すべきです。

専門の医療機関では,CBTは確立された治療法として,診療報酬上も評価されています。特に精神科においては,「精神科専門療法料(認知療法・認知行動療法)」として保険適用が認められており,その主な対象疾患には表4のようなものが含まれます。

CBTは,特定の疾患に対して高いエビデンスを持つ標準治療として位置づけられています。我々プライマリ・ケア医がCBTのエッセンスを用いて初期対応を行い,これらの疾患が疑われる場合や治療に難渋する際には,こうした専門療法を提供できる医療機関へ適切に紹介することが,患者の利益に直結します。
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CBTのエッセンスは,特定の疾患や症状だけではなく,病とともに生きるすべての患者の様々な課題に対応する際に非常に有用です。患者の言葉の背景にある「考え方のクセ」や,症状を長引かせている「行動」に関心を持つことが重要です。その小さな関心が,薬物療法だけでは届かなかった領域に光を当て,患者自身の回復力を引き出すきっかけとなるはずです。
