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FOCUS:かかりつけ医が見逃したくない蜂窩織炎

登録日: 2025.12.05 最終更新日: 2025.12.08

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ハワイ大学内科レジデント/みんほす!chief educator
近藤俊介
東京慈恵会医科大学を卒業後,手稲渓仁会病院,高槻病院での勤務を経て2024年より渡米。現在,ハワイ大学内科レジデンシープログラムにて研修を行い,集中治療・感染症領域のフェローシップに向けて準備中。日本内科学会,米国内科学会,米国集中治療学会所属。日本での勤務中には,米国内科学会日本支部国際交流委員会元委員であったため,国際交流や臨床留学へのサポートも行っている。
長崎医療センター総合内科/みんほす! 代表
永井友基
長崎医療センター総合内科/みんほす! 代表 「みんなで楽しくホスピタリストになろう勉強会」(愛称:みんほす!)を主催する。毎週,研修医やコメディカルの役に立つオンライン勉強会を発信中。 活動の詳細については,ホームページにて確認されたい。
私が伝えたいこと
◉蜂窩織炎は日常診療で頻繁に遭遇するが,診断は容易ではない。壊死性筋膜炎や深部静脈血栓症など生命を脅かすmimickerを見逃さないことがきわめて重要である。
◉患者背景(糖尿病,免疫不全,高齢者,慢性浮腫など)や特殊な部位(口腔底,顔面危険三角,インプラント直上)では,非典型的な臨床像や急速な悪化を呈しやすく,迅速な判断と専門医への紹介が求められる。
◉治療と再発予防は抗菌薬投与だけではなく,患肢挙上や浮腫の管理,侵入門戸(足白癬など)の根絶が不可欠であり,患者教育と長期的フォローアップが重要である。

❶ 蜂窩織炎とは

蜂窩織炎(cellulitis)は,主としてA群β溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)や黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)によって引き起こされる,皮膚深層から皮下脂肪組織にかけての急性・非壊死性の化膿性感染症である。その名称は,炎症が皮下脂肪組織の結合組織(線維性隔壁)に沿ってびまん性に拡大していく様子が,蜂の巣の断面(蜂窩)のように見えることに由来する。

蜂窩織炎は非常にコモンな疾患でありながら明確な診断をつけることは難しく,その鑑別疾患の中にはしばしば致死的・重篤な疾患が含まれる。かかりつけ医の診療現場においても非常によくみられる疾患であり,適切なケアにより患者の予後が守られる。一方で,不適切な治療により,多大なる不利益が生じうる疾患でもある。

❷ 病態生理と解剖学的特徴

皮膚は表層から表皮,真皮,皮下組織の3層構造を成している(11。蜂窩織炎の主座は,真皮深層から皮下脂肪組織である。これに対し,より表層の真皮上〜中層およびリンパ管を主座とする感染症は丹毒(erysipelas)と定義される。

古典的には,丹毒はレンサ球菌感染による境界明瞭な隆起性紅斑を特徴とし,蜂窩織炎はブドウ球菌感染を含む,より境界不明瞭な病変とされてきた。しかし,臨床現場では両者の鑑別はしばしば困難であり,明確な境界線を引けない症例も多い。そのため,近年では両者を連続した病態スペクトラムとしてとらえ,「皮膚軟部組織感染症(skin and soft tissue infections:SSTIs)」という広範なカテゴリーの中で扱われることが一般的である。

蜂窩織炎の病態の核心は,皮膚バリアの破綻部位からの細菌侵入と,それに続く宿主の免疫応答である。細菌が真皮深層や皮下組織に定着すると,増殖を開始し,毒素や酵素を産生する。これに反応して,宿主は好中球を主とする炎症細胞を動員し,サイトカインやケモカインを放出する。

この一連の免疫応答が,臨床的に観察される発赤,腫脹,熱感,疼痛といった炎症の4大徴候を引き起こす。特に,皮下脂肪組織は血流が比較的乏しく,構造的に粗であるため,感染が水平方向に広がりやすいという解剖学的特徴を持つ2

❸ 疫学と臨床的重要性

蜂窩織炎は,かかりつけ医や救急医療の現場で頻繁に遭遇する感染症のひとつである。米国では,年間1400万件以上の受診があり,入院の主要な原因のひとつとなっている。好発部位は下肢であり,全体の約70〜80%を占めるとされるが,上肢,顔面,体幹など,身体のあらゆる部位に発症しうる3

本疾患は,多くの場合,適切な抗菌薬治療により良好な予後を期待できる。しかしながら,その臨床的重要性は,いくつかの側面に存在する。第一に,前述の通り頻度が高く,医療資源に与える影響が大きいこと,第二に,その臨床像が,壊死性筋膜炎や深部静脈血栓症(deep venous thrombosis:DVT)といった,生命や患肢の予後を脅かす蜂窩織炎に似た疾患(mimicker)と酷似していること,である。特に,かかりつけ医にとっては,典型的な蜂窩織炎とこれらのmimickerを的確に鑑別し,見逃さないことがきわめて重要な責務となる。第三に,糖尿病や免疫不全といった特定の背景を持つ患者においては,容易に重症化し,敗血症や多臓器不全へと進展するリスクを常に内包している。

したがって,一見ありふれた疾患でありながら,その背後にある多様なリスクを的確に評価し,個別化されたマネジメントを行う能力が臨床医には求められている4

❹ 原因とリスク因子

蜂窩織炎の発症は,「原因菌」「感染経路」「宿主のリスク因子」という3つの要素の相互作用によって決定される。これらの要素を理解することは,適切な経験的治療(エンピリック治療)の選択,再発予防策の指導,そして重症化リスクの予測に不可欠である。

(1) 原因菌

蜂窩織炎の原因菌は,健常な成人の市中感染においては,その大部分がグラム陽性球菌である5

(1)A群β溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes

歴史的に蜂窩織炎の最も主要な原因菌と考えられている。レンサ球菌は,ヒアルロニダーゼやストレプトキナーゼといった酵素を産生し,組織内に急速に拡散する能力を持つ。そのため,レンサ球菌による蜂窩織炎は,膿瘍形成が比較的稀で,発赤や腫脹が広範囲に急速に広がる,びまん性の臨床像を呈することが多い。丹毒もほぼ全例が本菌によるものである。

(2)黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus

レンサ球菌と並ぶもう1つの主要な原因菌である。ブドウ球菌は,コアグラーゼや多種の毒素を産生し,組織を壊死させ膿瘍を形成する傾向が強い。したがって,限局性の強い炎症,中心部の硬結,そして膿瘍形成(波動を触れる)を伴う場合は,ブドウ球菌の関与をより強く疑うべきである。近年,世界的に市中獲得型メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(community acquired methicillin-resistant Staphylococcus aureus:CA-MRSA)の増加が問題となっており,地域や患者背景によっては初期治療からMRSAをカバーする抗菌薬の選択が考慮されるが,どのような場合に治療対象とすべきかは後述する。

(3)その他のグラム陽性球菌

B群,C群,G群のレンサ球菌も蜂窩織炎の原因となりうる。特にG群レンサ球菌は,高齢者や基礎疾患を有する患者の下肢蜂窩織炎でしばしば分離される。

(4)特殊な状況下で考慮すべき原因菌

典型的な市中感染とは異なる状況では,以下のような非典型的な病原体を念頭に置く必要がある。

グラム陰性桿菌:糖尿病性足病変からの波及,褥瘡,好中球減少症の患者などでは,大腸菌(Escherichia coli)や緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)などのグラム陰性桿菌による混合感染を考慮する。

嫌気性菌:糖尿病性足病変や,口腔由来の感染(咬傷など)では,バクテロイデス属(Bacteroides spp.)やペプトストレプトコッカス属(Peptostreptococcus spp.)などの嫌気性菌が関与することがある。

Pasteurella multocida犬や,特に猫による咬傷後に高頻度にみられ,急速に進行する蜂窩織炎を特徴とする。

Vibrio vulnificus肝硬変などの基礎疾患を持つ患者が,夏季に沿岸の海水に創部を浸したり,生の魚介類を摂取したりすることで感染する。致死率が非常に高い壊死性の病変をきたすことで知られる。

Aeromonas hydrophila淡水(湖,川)での創傷曝露後にみられる。

コラム 典型像に潜む罠:海水曝露歴が救命につながったVibrio vulnificus感染症の一例

筆者の診療環境であるハワイは,その気候やライフスタイルから,住民が日常的に素足やサンダルで過ごすことが多い。そのため,微小な外傷を契機とする下肢蜂窩織炎は,かかりつけ医の診療現場で遭遇する,きわめて頻度の高い疾患のひとつである。その中で,一見すると典型的な下肢蜂窩織炎でありながら,きわめて劇的な経過をたどった症例を経験した。
患者は,下肢の発赤・腫脹を主訴に来院したが,数時間のうちに急速に敗血症性ショックへと進行し,集中治療室での外科的介入を含めた集学的治療を要した。最終的に救命しえたものの,診断と治療の難しさを痛感させられた症例であった。
当該患者からは,最終的に創部と血液培養からVibrio vulnificusが検出された。上述のように,本菌は特に肝硬変などの基礎疾患を持つ患者において,きわめて致死率の高い壊死性軟部組織感染症(necrotizing soft tissue infection:NSTI)を引き起こすことで知られている。
振り返ると,初診時の丁寧な病歴聴取において,下肢の創部を海水に曝露したというエピソードが聴取されていた。この「海水曝露」という情報に基づき,当初の経験的治療において,一般的な蜂窩織炎の起因菌を標的とするβ-ラクタム系抗菌薬に加え,Vibrio属をカバーするドキシサイクリンを併用していたことが,結果的に患者の救命につながったと考えられる。
もし,この病歴を「ありふれた蜂窩織炎」という第一印象のもとに見過ごしていれば,あるいはその疫学的重要性についての知識がなければ,標準治療のみとなり救命は困難であった可能性が高い。
いかに臨床像が「典型的」に見えようとも,その背景にある患者固有の曝露歴やリスク因子を丹念に探索する病歴聴取こそが,時に致死的となりうる稀な病原体を見出し,適切な初期治療を選択する上で最も重要な武器であるということを,改めて浮き彫りにした症例であった。

(2) 感染経路:皮膚バリアの破綻

細菌が皮下に侵入するためには,その入り口となる皮膚バリアの破綻が不可欠である。臨床現場では,この侵入門戸を特定することが重要となる。ただし,傷がないからといって蜂窩織炎を除外してはいけない5

(1)外傷

切り傷,擦り傷,裂創,熱傷,虫刺されなど,あらゆる皮膚損傷が侵入門戸となりうる。見た目では傷がわからないことも多くあるが,身体診察ならびに病歴聴取を繰り返すことが診断の窓口となりうる。

(2)既存の皮膚疾患

アトピー性皮膚炎や接触皮膚炎などによる搔き傷,乾癬の鱗屑剥離部,天疱瘡などの水疱性疾患のびらん面などが挙げられる。

(3)足白癬(水虫)

特に趾間型の足白癬は,下肢蜂窩織炎における最も一般的かつ見過ごされがちな侵入門戸である。趾間の湿潤と浸軟により生じた微細な亀裂から,細菌が容易に侵入する。再発性蜂窩織炎の患者では,足白癬の合併率が非常に高いことが報告されており,その治療は再発予防の根幹をなす。

(4)皮膚潰瘍

糖尿病性足潰瘍,静脈うっ滞性潰瘍,動脈性(虚血性)潰瘍,褥瘡などは,常に開放性の創部であり,感染の温床となる。

(3) 宿主のリスク因子

宿主側の要因は,蜂窩織炎の発症しやすさ(易感染性)と重症化リスクを規定する。これらは局所的因子と全身的因子に大別される。

(1)局所的因子

慢性的な浮腫蜂窩織炎において重要な単独のリスク因子のひとつである。リンパ浮腫(乳癌・婦人科癌術後のリンパ節郭清,放射線治療後など)や,慢性静脈不全(下肢静脈瘤など)によるうっ滞性の浮腫は,局所の免疫担当細胞の機能を低下させ,蛋白質が豊富な間質液が細菌の格好の培地となることで,感染リスクを著しく増大させる。

末梢循環不全末梢動脈疾患(peripheral artery disease:PAD)などによる血行障害は,組織への酸素や栄養素,免疫細胞の供給を妨げ,感染防御能と組織修復能を低下させる。

蜂窩織炎の既往一度,蜂窩織炎を発症すると,炎症によりリンパ管が障害され,局所のリンパ流うっ滞が悪化する。これがさらなる感染のリスクとなり,再発を繰り返す悪循環に陥ることがある。

(2)全身的因子

糖尿病高血糖状態は好中球の遊走能や貪食能を直接的に障害する。加えて,多くの患者が末梢神経障害(疼痛感覚の鈍麻による外傷の看過)と血行障害を合併しており,感染症に対してきわめて脆弱な状態にある。

免疫不全状態副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬(臓器移植後,自己免疫性疾患治療中など),抗癌剤治療,HIV感染症などは,細胞性免疫および液性免疫を広範に抑制し,日和見感染を含む重症感染症のリスクを高める。

肥満:肥満は,皮下脂肪の増加に伴う血流の相対的低下,リンパ排液能の障害,そして脂肪組織が産生する炎症性サイトカインによる慢性炎症状態などを介して,蜂窩織炎のリスクを上昇させることが複数の研究で示されている。

その他肝硬変やネフローゼ症候群による低アルブミン血症,アルコール依存症などもリスク因子として挙げられる。

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