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今シーズンは抗原変異したA香港型インフルエンザに警戒─英国では変異ウイルスが流行し10年に一度の大規模流行か[学術論文]

登録日: 2025.11.21 最終更新日: 2025.11.21

菅谷憲夫 (神奈川県警友会けいゆう病院名誉参事,前神奈川県警友会けいゆう病院感染制御センター長)

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日本が本年9月末にインフルエンザ流行入りしたことは欧米諸国から注目され,筆者にも米国,英国などの専門家から問い合わせが相次いだ。英国でA香港型インフルエンザ,A(H3N2)の変異ウイルスが出現し,10年に一度の大規模流行の可能性があるとされ1),各国の専門家が今冬の流行を警戒しているからである。

1. 日本の最近のインフルエンザ流行

日本ではCOVID-19出現後,2020〜22年と2シーズン連続してインフルエンザ流行はなかった2)。その後,2022〜23年のシーズンはA(H3N2)による小規模流行,2023〜24年のシーズンはA(H3N2),A(H1N1)pdm09,B型による大規模な混合流行となり,患者数は1800万人を超え,流行期間も9カ月と長期にわたった。これは2シーズンにわたり流行がなく,国民のインフルエンザに対する免疫が低下した影響と考えられた。

咋シーズン(2024〜25年)は,11月中旬からA(H1N1)pdm09の流行が始まり,12月には全国的に警報レベルに達した。しかし,2025年1月には患者数は大幅に減少した。最終的に,患者数は約1037万人と中規模のA(H1N1)pdm09主体の流行で,A(H3N2)はほとんど流行しなかった。

2. 日本の2025〜26年シーズン,首都圏中心に患者数激増

今年は例年に比べ,異常に早い時期にインフルエンザの流行が始まった。定点の病院,診療所のインフルエンザ患者数が,1週間に1例を超えると流行の始まりとし,1週間に10例を超えると注意報,30例を超えると警報となるが2),今シーズンは9月末,第39週(9/22〜9/28)に全国の定点当たり報告数が1.04となり,流行入りとなった3)。10月末,第43週(10/20〜10/26)には全国の定点当たり報告数が6.29であったが,東京,神奈川,埼玉,千葉と,首都圏の4都県では10を超え注意報が発令された。第44週(10/27〜11/2)には,全国の定点報告数が14.9となり,注意報レベルとなった。

11月,第45週(11/3〜11/9)には,全国の定点当たり報告数が21.82となり,特に東京 29.03,神奈川 36.57,埼玉 45.78,千葉 29.95と首都圏の4都県の患者数は激増し,早くも警報が発令された。年末にかけて,全国的にA型の大規模流行が懸念される流行状況である。

この原因として,筆者は,当初,首都圏に海外から多数の旅行客が訪れて,インフルエンザが持ち込まれたと考えた。つまり,国民の免疫低下に,インバウンドの影響が加わったと思われた。ところが,英国でも早期からインフルエンザが流行し,抗原変異(drift)を起こしたA(H3N2)が流行しているので,イギリスから日本,特に首都圏に変異ウイルスが持ち込まれた可能性が高く,十分な警戒が必要と考えている。

確認された検体数は少ないが,現在のところ,日本の流行ウイルスはA(H3N2)が主体である。内訳は,東京都では36例中30例,約83%がA(H3N2)で,4例がA(H1N1)pdm09であった。集団事例からは7例のうち6例からA(H3N2)が分離された4)

3. 昨年,米国は大規模流行で多数の小児がインフルエンザで死亡

米国では昨シーズン(2024〜25年),A(H1N1)pdm09とA(H3N2)の大規模な混合流行があり,約56万件のインフルエンザ入院,約3万8000人のインフルエンザ死亡が報告された5)。注目すべきは,小児の死亡者数が279名に達し5),最近15年間で最多となり,またインフルエンザ脳症が多数見られた6)。死亡例増加の原因としては,小児のワクチン接種率が5年前の64%から,咋シーズンは49%に低下したためとされた7)。Baylor College of MedicineのDr. Hotezによれば7),小児インフルエンザによる死亡のほとんどはワクチン未接種児に発生し,おそらく予防接種の減少に関連しているとし,COVIDパンデミック中に発生したワクチン接種の躊躇(vaccine hesitancy)との関連が指摘された。昨年,米国ではA(H3N2)の変異ウイルスの発生はなかった。

4. 今年,オーストラリアも大規模流行

南半球,オーストラリアでのインフルエンザ流行は,北半球諸国に先行するので,例年,日本の流行予測にも参考となる。2025年の流行は大規模な,主にA(H1N1)pdm09の流行であった。オーストラリアでも流行拡大の原因として,ワクチン接種率の低下が挙げられた8)。オーストラリアでもA(H3N2)変異ウイルスの発生は報告されていない。

5. 英国で抗原性の変異したA(H3N2)が流行拡大,“10年に一度の大規模流行”か

英国では,今年の6月に抗原性が大幅に変異したA香港型ウイルス,A(H3N2)が検出された。このウイルスは,subclade Kと分類され,7箇所のアミノ酸の変異を持つ。変異株は,従来のA(H3N2)ウイルスよりも感染力が高いことがわかっている。日本と同様に,英国でも例年より1カ月以上早く,A(H3N2)の変異ウイルスによる流行が進行しつつあり,英国のインフルエンザ専門家は,“最近の10年で最悪のインフルエンザのシーズン”になると警戒している(図11)。流行状況は日本もよく似ていることが興味深い(図29)。変異したA(H3N2)に対しては,インフルエンザワクチンの効果は低下すると予測されている。

6. 今年の日本は変異ウイルスに強い警戒が必要

今年は流行開始が,昨年より1カ月以上早く,首都圏を中心にすでに警報が発令された。超過死亡の原因となり,重症例が多発するA(H3N2)が主流となる可能性が高い。

日本では,昨年,A(H3N2)が流行していない上,大幅に変異したウイルスsubclade Kがすでに一部に流入しているので,日本も大規模なA(H3N2)の流行に備える必要がある。現状は主として小児に広がっているが,これから成人,高齢者に拡大すると思われる。

7. 今後の日本の流行対策

(1)ワクチンは重症化防止のために接種を急ぐべき

英国の変異ウイルスによる早期流行をみると,日本のA(H3N2)ウイルスも多くが変異ウイルスの可能性もある。大幅な抗原変異のために,人々が持つインフルエンザに対する免疫やワクチンの効果も低下すると考えられる。しかし,ワクチンによる一定の重症化防止効果は期待されるため,ワクチン接種は必要である。特に高齢者,低年齢の小児,妊婦,肺や心臓に基礎疾患を持つ人々などには,ワクチン接種が推奨される。

今シーズンのワクチンの入院防止効果(重症化防止効果と同義)は,早くも英国(UK Health Security Agency:UKHSA)から報告され、成人では30~40%、小児で70~75%であった10)11)。成人ではワクチンは一定の効果を示した。しかし,英国で成人に使用されているワクチンは細胞培養をベースとした不活化ワクチン,リコンビナントワクチン,アジュバントワクチン,高容量ワクチンなどであり,日本で使用されている鶏卵培養ベースの従来の不活化ワクチンは,細胞培養をベースとしたワクチンが手に入らない時のみ推奨される11)。したがって、日本での不活化ワクチンの効果がどの程度期待できるかは明確ではない。

一方,英国の小児はほとんどが経鼻弱毒生インフルエンザワクチン(フルミスト®)を使用しており,UKHSAの調査により,今回の変異ウイルスに対しても十分な入院防止効果(70~75%)があることが明らかにされた11)。経鼻弱毒生インフルエンザワクチンは国内でも使用され始めたが,国内第3相試験ではA(H3N2)主体の流行に際し,低年齢児(2~6歳群)での発病防止効果は統計的に有意ではなかった点に懸念がある12)

(2)“Test and Treat”の徹底

最近,感染症の一流誌,Journal of Infectious Diseasesに日本のインフルエンザ診療が,“Test and Treat”と称されて高く評価された13)。筆者と英国のインフルエンザ専門家との共同執筆である。2009年のA(H1N1)pdm09パンデミックに際し,日本感染症学会が中心となり,インフルエンザが疑われたすべての患者に迅速診断を実施し,陽性患者全例をノイラミニダーゼ阻害薬で早期に治療する方針で対処した。その結果,人口10万あたりに換算した死亡者数は,日本 0.16に比べ,英国は0.76(日本の4.75倍),米国は3.16(日本の19.8倍)であり,欧米に比べ,日本の死亡者数は大幅に少なかった。

2009年パンデミックでの日本の成功は,世界の専門家の間では“Test and Treat”(早期に検査,陽性者全例を抗ウイルス薬治療)と称して,今後,パンデミックや毎年の呼吸器ウイルス診療の目指すべき目標と考えられるようになった。

今シーズン,イギリスで流行している変異ウイルス,A(H3N2)のsubclade Kが日本で流行拡大すれば,高齢者や小児の重症患者が多発する危険がある。変異ウイルスは感染力が強く,流行拡大が早く,多くの国民にとってワクチン接種が間に合わない事態も想定されるので,今シーズンは,日本で確立した“Test and Treat”の徹底が望まれる。ワクチン効果が低下する変異ウイルスであっても,抗インフルエンザ薬の早期治療は確実に有効である。A型インフルエンザ治療薬の第一選択は,小児から高齢者までオセルタミビルである。オセルタミビルではA(H3N2)に対して耐性は出ないが,小児にバロキサビルを使用すると,耐性が出現して周囲に拡散する可能性がある。

文献

1) BBC:New flu virus mutation could see 'worst season in a decade'. Nov 9, 2025.
https://www.bbc.com/news/articles/c2dr8gzdz1wo

2) 菅谷憲夫, 編:インフルエンザ・COVID-19・RSV診療ガイド2025-26. 日本医事新報社, 2025.

3) 厚生労働省:インフルエンザに関する報道発表資料 2025/2026シーズン.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou01/houdou_00023.html

4) 東京都感染症情報センター:インフルエンザの流行状況(東京都 2025-2026年シーズン). 2025.11.13.
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/?utm_source=chatgpt.com#shudan

5) CDC:Influenza Activity in the United States during the 2024–25 Season and Composition of the 2025–26 Influenza Vaccine. Sept 26, 2025.
https://www.cdc.gov/flu/whats-new/2025-2026-influenza-activity.html

6) PBS NEWS:Harsh flu season raises concern among health officials about pediatric brain complications. Feb 27, 2025.
https://www.pbs.org/newshour/health/harsh-flu-season-raises-concern-among-health-officials-about-pediatric-brain-complications

7) PBS NEWS WEEKEND:How vaccine hesitancy may be driving a spike in pediatric flu deaths. May 3, 2025.
https://www.pbs.org/newshour/show/how-vaccine-hesitancy-may-be-driving-a-spike-in-pediatric-flu-deaths

8) RACGP:Australia posts record-breaking flu numbers as vaccination rates stall. Oct 20, 2025.
https://www.racgp.org.au/gp-news/media-releases/2025-media-releases/october-2025/australia-posts-record-breaking-flu-numbers-as-vac

9) 東京都庁ホームページ:都内のインフルエンザ,警報基準を超える. 2025.11.13.
https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2025/11/2025111337

10) Soucheray S:With an absent CDC and mismatched 'subclade K' flu strain, experts face upcoming season with uncertainty. Nov 13, 2025.
https://www.cidrap.umn.edu/influenza-vaccines/absent-cdc-and-mismatched-subclade-k-flu-strain-experts-face-upcoming-season

11) Kirsebom FC, et al:Early influenza virus characterisation and vaccine effectiveness in England in autumn 2025, a period dominated by influenza A(H3N2) subclade K (pre-print). UK Health Security Agency, Nov 11, 2025.
https://assets.publishing.service.gov.uk/media/691349457a0ccd6a3aad7fa9/_Flu_interimVE_2526_.pdf

12) 菅谷憲夫: 医事新報. 2024; 5249:33-7.
https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_25373

13) Zambon M, et al:J Infect Dis. 2025;232(Supplement_3):S177-90.


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