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【識者の眼】「フランスの『SMUR』体制─地域医療を支える“出前型ICU”の仕組み」榎木英介

登録日: 2025.11.19 最終更新日: 2025.11.19

榎木英介 (一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)

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現在本連載では、日本の働き方改革の参考にするために、諸外国の事例を紹介している。前項(No.5301)では、オンコールを労働時間として扱うEUの事例を取り上げた。本稿では、フランスの救急医療体制「SMUR」について紹介したい。

フランスの救急医療は、「15番」への電話から始まる。電話を受けるのは、医師が常駐するコールセンター「SAMU(Service d’Aide Médicale Urgente)」であり、ここで医学的なトリアージが行われる。

緊急対応が必要と判断された場合、現場へ病院所属の医療チームが派遣されるのが「SMUR(Service Mobile d’Urgence et de Réanimation)」である。SMURは、病院に所属する医師・看護師・ドライバーで構成された移動式救急チームであり、いわば“出前型ICU”といえる。

SMURの特徴は、救急車やヘリコプターで現場に赴き、その場で高度な処置を行う点にある。心停止や重症外傷など、病院到着までの時間が生命予後を左右する症例では、現場で気管挿管や薬剤投与を行うことが可能だ。消防隊による救助(BLS)と医療チームによる救命(ALS)を明確に区分し、両者を連携させる二層構造が確立されている点も特徴的である。

2021年時点で、フランス国内には約460のSMUR拠点があり、年間約75万件の出動を行っている。SAMUは年間3200万件以上の電話を受け、そのうち約1420万件で医療調整(医師による判断と対応決定)が実施されている。救急体制全体のコストは約12億ユーロにのぼる。こうした現場主義の救急医療を全国規模で維持できているのは、明確な指揮系統と公的資金による運用が支えているためである。

日本の働き方改革の観点から見ても、SMUR体制は示唆に富んでいる。第一に、電話トリアージを医師が担うことで、出動や来院の必要性を精査し、医療従事者の無駄な負担を軽減している。第二に、出動チームが地域単位でプール化され、病院ごとに当直を抱える構造を避けている。これにより、個々の医師に過度な当番が集中せず、地域全体で救急を支える仕組みが実現している。

日本でもドクターカーやドクターヘリが普及しつつあるが、SMURのように“標準化されたチーム”として地域で共有する体制にはまだ至っていない。救急対応を個々の病院の努力にゆだねるのではなく、地域全体のインフラとして制度的に支えるためにも、フランス型の「出動プール」や「医師主導トリアージ」の仕組みは大いに参考になる。

私が代表を務める全国医師連盟では、2026年1月25日(日)に、本連載で紹介しているような諸外国の事例を日本に導入することができないかを議論するオンラインイベントを開催する(参加費無料)。関心のある方は、ぜひご参加頂きたい。

榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[働き方改革救急医療体制SMUR

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