前稿(No.5297)で述べたように、中央社会保険医療協議会(中医協)では、2026年度薬価制度改革に向けた議論が本格化している。企業側は、「新規モダリティ等の革新的新薬のイノベーション評価」の拡充を継続的に主張している。もっとも、イノベーションは多面的であり、より適切には「新たな医療への価値評価」ととらえるべきである。たとえば、製造コストの低減もイノベーションの一形態であるが、これを理由に価格を引き上げることは論理的に矛盾があると考えられる。
価値に基づく価格設定(value-based pricing:VBP)は一般の消費財にも適用されており、医薬品分野においても、現行の薬価算定方式では十分に評価されない価値を反映できる点や、価値評価の結果として高薬価が算定される可能性がある点など、イノベーション促進を通じた社会的便益をもたらす可能性を有している。
一方で、レケンビ®(レカネマブ)の費用対効果評価における議論にみられるように、価値評価の範囲や手法はなお確立途上にあり、その妥当性には議論が残されている。また、VBPで算定された薬価が社会的に受容可能な水準であるか(アフォーダビリティ)についても、検討が求められる。
米国の非営利組織である臨床経済評価研究所(Institute for Clinical and Economic Review:ICER)が2025年10月23日に公表した「発売価格とアクセスレポート(Launch Price and Access Report:LPAR)」では、医薬品の価値と価格の関係について興味深い分析が示されている。
同レポートは、過去にレビューした154品目のうち23品目を対象に、医療経済学的に妥当とされる価格(ベンチマーク)と、リベート等を控除した正味価格との関係を分析している。その結果、16品目で正味価格がベンチマークを上回り、特にレケンビ®では正味価格約2万6500ドルに対し、ベンチマーク8900〜2万1500ドルと報告され、19〜66%割高とされている。
この分析から考えられることは、価値評価が必ずしも高価格を正当化するとは限らないという点であり、むしろ企業が慎重な姿勢を見せている費用対効果評価の拡大を促す可能性があるということである。とはいえ、医薬品の価値は、臨床的有効性や安全性にとどまらず、治療アドヒアランスの向上、介護負担の軽減、生産性の回復など、社会的側面にも及ぶ。医療技術の多様化が進む中で、医薬品の持つ「医療・社会的価値」をより包括的に評価する枠組みの構築は、イノベーションを持続的に促進する上で不可欠である。
その第一歩として、企業が主張するように、新規モダリティを対象にした価値評価を試行的に導入し、評価手法や指標、データ収集のあり方についてエビデンスを収集・分析し、評価枠組みの妥当性を検証していくことが重要である。こうした試行の過程で、患者アクセス、財政的持続性、産業競争力の三者の均衡を探る実証的な議論が求められるであろう。
坂巻弘之(一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)[薬価制度改革][価値評価]