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第30回:多疾患併存状態(マルチモビディティ)に関する研究─プライマリ・ケアにおける最重要研究課題の1つ

登録日:
2019-09-11
最終更新日:
2019-09-11

SUMMARY
マルチモビディティは,プライマリ・ケアにおいて,最も重要な臨床上の課題のひとつであり,近年研究領域としても大いに注目を集めている。わが国でも,マルチモビディティ患者のケアの質向上に資するエビデンスを創出していく必要がある。

KEYWORD
治療負担
ポリファーマシー,服薬回数の増加,受診や検査頻度の増加,ライフスタイルの変化など,特にマルチモビディティ患者で増大しやすい治療に関連する患者側の負担。


青木拓也(京都大学大学院医学研究科地域医療システム学講座)

PROFILE
日本医療福祉生活協同組合連合会家庭医療学開発センターで家庭医療の研鑽を積み,現在はアカデミアでプライマリ・ケアの研究に注力している。医学博士,医療政策学修士,家庭医療専門医,社会医学系専門医,臨床疫学認定専門家。

POLICY・座右の銘
吾唯足知


1 プライマリ・ケアにおけるマルチモビディティ

住民にとって医療との最初の接点を担い,様々な職種と連携を取りながら,幅広い健康問題を取り扱うプライマリ・ケアにおいて生じるクリニカルクエスチョンは,臨床現場や医療政策にとって真に切実な課題が多い。プライマリ・ケア研究の実践は,わが国のヘルスケアシステムの質を向上させる上で重要と言える。本稿では,プライマリ・ケア研究の例として,多疾患併存状態(マルチモビディティ)に関する研究を紹介する。

2 マルチモビディティの疫学

マルチモビディティは,2つ以上の慢性疾患が一個人に併存している状態であり,中心となる疾患を特定できない状態を指す(一方,特定の疾患が中心になり,合併症が生じている状態は,コモビディティと呼ばれる)。高齢化や疾病構造の変化により,マルチモビディティを有する患者は増加傾向と考えられており,特にプライマリ・ケアにおいて,最も重要な臨床上の課題のひとつとして認識され,近年研究領域としても大いに注目を集めている。

わが国では諸外国と比較し,マルチモビディティに関するデータは非常に限られており,どの程度の住民がマルチモビディティを有しているか,といった基礎的な疫学データもこれまで不足していた。そこで,我々は全国調査を通じてわが国のマルチモビディティに関する疫学調査を実施し,マルチモビディティの有病割合は,18歳以上の住民において29.9%,65歳以上の高齢者においては62.8%に上ることを明らかにした1)

3 マルチモビディティによる健康リスク

マルチモビディティが問題視される理由として,これまでの多くの研究で,マルチモビディティと様々な健康リスクとの関連が明らかになっている点が挙げられる。たとえば,死亡率の増加,QOLの低下,身体機能の低下,精神障害,入院などが挙げられる2)。なお,マルチモビディティ患者は,ポリファーマシー,服薬回数の増加,受診や検査頻度の増加,ライフスタイルの変化といった治療に関連する患者側の負担(治療負担)が増大しやすい傾向にある3)。特にマルチモビディティ患者に個々の疾患のガイドラインを適用しようとすると,治療負担は顕著になりやすい。こうした治療負担の増大が,マルチモビディティによる健康リスクの一因になっていることが指摘されている。

4 マルチモビディティのパターン

マルチモビディティを構成する慢性疾患は多岐にわたるため,マルチモビディティには一定のパターンが存在することが,海外の先行研究で指摘されていた。我々は,全国一般住民のデータを用い,わが国のマルチモビディティ・パターンを統計学的に分析した。その結果,5つの疾患併存パターンが同定された(図1)1)。興味深いことに,これらのパターンの大部分には,他国の研究結果との一貫性が認められた。

また,マルチモビディティがポリファーマシーや服薬回数の増加といった治療負担と関連することは既に知られていたが,我々の研究では,マルチモビディティ・パターンとポリファーマシーおよび服薬回数との関連を分析し,パターンによって治療負担との関連の強さに差異が生じることも明らかにした。本研究から,マルチモビディティの本質を理解するためには,併存疾患の総数という一次元の指標では不十分であり,多次元のパターンも考慮する必要がある可能性が示唆された。

5 マルチモビディティに対する介入法

マルチモビディティ患者に対する介入法に関する研究は,近年国際的に増加傾向にあるが,いまだその有効性に関しては不明な点が多い。ただし,マルチモビディティという複雑な課題に対して,単一の介入だけでは不十分であり,複合的な介入(complex intervention)のほうが有効であろうという点で研究者の見解は一致している。

いくつかのマルチモビディティ診療モデルが提唱されており,たとえばMuthらは,①interaction assessment(疾患・治療・メンタルヘルス・社会的背景などの相互作用評価),②prioritization and patient’s preferences(患者の価値観や意向を考慮に入れた治療や目標の優先順位付け),③individualized management and follow-up(設定された目標を実現するための個別化されたマネジメント)の3つで構成されるモデルを示した4)。今後,こうしたモデルの有効性を検証する実証研究が増えていくと考えられる。

6 今後の展望

マルチモビディティは,特にプライマリ・ケアにおいて切実な課題であり,国際的にも重要な研究領域である。しかし,現状としてわが国ではマルチモビディティの研究が非常に少ない。プライマリ・ケア研究者が中心となり,マルチモビディティ患者のケアの質向上に資するエビデンスの創出に貢献することが求められている。

◀文献▶

1) Aoki T, et al:Sci Rep. 2018;8(1):3806.

2) France EF, et al:Br J Gen Pract. 2012;62(597): e297-307.

3) Wallace E, et al:BMJ. 2015;350:h176.

4) Muth C, et al:BMC Med. 2014;12:223.

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