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特集:周術期の血糖管理

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  • 5 人工膵臓を用いた血糖管理

    人工膵臓STG-55

    人工膵臓STG-55(日機装,図5)は,ベッドサイド型機械装置のclosed-loop式人工膵臓である。これは末梢静脈から1時間に約2mLずつの連続的自動採血を行い,グルコースセンサーにより血糖値を連続測定して,あらかじめ設定した目標血糖値にコンピュータ制御で調整されるように,インスリンおよびグルコースが自動的に投与される。したがって,低血糖発作のリスクを負うことなく,安定した血糖管理が可能となる。



    厳格な血糖管理には測定誤差が問題となるが,The International Organization for Standardization(国際標準化機構,ISO)では,74mg/dL以下の場合は誤差20%以内,74mg/dL以上の場合は誤差±14mg/dL以内と規定されている。人工膵臓の誤差は,手術中の使用で21%以内,術後の使用で15%以内と高い精度であると報告されている45)

    人工膵臓の有用性

    従来のsliding scaleを用いた血糖管理法と比較して,人工膵臓では,頻回の採血やインスリンの皮下注射や持続投与の速度変更が不要になり,医療スタッフの労働負担の軽減にも貢献できる方法であり,インスリンに伴う医療事故の軽減にも寄与する可能性がある46)

    Hanazakiらは,肝臓,食道,膵臓を対象とした手術の周術期に人工膵臓を用いて周術期管理を行い,低血糖発作を起こすことなく安定した血糖管理が施行できたと報告した47)。Hayashiらは,肝移植手術の周術期に人工膵臓を用いた血糖管理を行い,低血糖発作を生じることなく管理できたと報告した48)。Tamuraらは,心臓手術術後に人工膵臓を用いた血糖管理を行い,低血糖発作を生じることなく,さらに血糖変動を抑制した術後管理が行えたと報告した49)

    現在,人工膵臓による最適な血糖管理をめざした臨床ならびに基礎研究が積み重ねられ,新たなエビデンスが構築されつつあり,その有用性が明らかになってきている。さらに今後の技術進歩に伴い,より簡便で非侵襲的な人工膵臓が開発され,より普及することが期待される。


    TOPIC 人工膵臓を用いた術後血糖管理は,心臓大血管手術後の術後炎症を抑制させる

    【研究の背景】

    高血糖は炎症の主要な因子であり,至適な血糖コントロールは安全な周術期管理に必要不可欠である。厳密な血糖コントロールは冠動脈バイパス術後の炎症性サイトカインを抑制すると言われている50)。心房細動(atrial fibrillation:AF)は,心臓手術の主な合併症であり,在院日数を延長させ死亡率を上昇させる51)。血糖値125~200mg/dLを目標とした厳格な血糖コントロールは,心臓手術後のAFの発生を抑制する52)。また炎症自体も心臓手術後のAF発症に関与しているとも言われている53)。したがって,至適な血糖コントロールは,炎症を抑制することにより心臓血管手術後のアウトカムを改善する可能性がある。

    人工膵臓 STG-55は,インスリンとグルコースをコンピュータ制御で自動的に注入することで,設定した範囲内で血糖値を維持することができる。我々は以前,ICU患者における人工膵臓の有用性を報告した54)。様々なガイドラインにて,周術期の適切な血糖値は180mg/dL以下を維持することが推奨されている39)が,110~180mg/dLの範囲での血糖コントロールが心臓血管手術後の炎症を抑制するかについては不明である。そこで我々は,人工膵臓を用いた110~180mg/dLの範囲での血糖コントロールが,低血糖発作を生じることなく,術後炎症や合併症の発生を抑制するという仮説を立て,単施設観察研究を行った。

    【方法】

    2012年10月から2015年3月まで当院にて心臓大血管手術を受けた患者を対象に前後観察研究を行った。18歳未満,透析患者,緊急手術,慢性AF患者は除外した。人工膵臓はSTG-55を使用した。対象患者は72人となり,人工膵臓群(closed-loop group,2013年9月〜2015年3月:36人)と従来管理群(conventional group,2012年10月〜2013年9月:36人)にわけた。

    primary outcomeは術後1週間後のC-reactive protein(CRP)値,secondary outcomesは術後1週間以内の新規AFの発生率,平均血糖値,血糖値のstandard deviation(SD),平均乳酸値,平均心係数,低血糖の発生率とした。closed-loop groupでは,ICU入室から翌日AM9時まで人工膵臓を用いて血糖値を110~180mg/dLで管理した。conventional groupでは,インスリンのsliding scale法を用いて血糖値が<200mg/dLとなるように管理した。解析方法は,カイ2乗検定,t-testを用い,P<0.05を有意差ありとした。

    【結果】(表4,5)49)

    患者背景(年齢,体重,性別比,糖尿病の既往,麻酔時間,人工心肺使用割合,周術期β遮断薬の使用)は両群間で差はなかった。

    術後7日目のCRP値はclosed-loop groupのほうがconventional groupより有意に低かった(図6)。新規AFの発生率は両群間で差は生じなかった。平均乳酸値と心係数は両群間で差はなかった。平均血糖値と血糖値のSDはclosed-loop groupのほうがconventional groupより有意に低かった。低血糖の発生率は両群で差はなかった(0% vs 2.8%,P=0.3)。

    【まとめ】

    人工膵臓を用いた術後血糖管理は,低血糖を起こすことなく心臓大血管手術後の炎症を抑制した。さらに人工膵臓による血糖管理は,従来の管理と比して,血糖値の変動が抑えられた。この血糖変動の抑制が炎症反応低下に寄与した可能性があるが,平均血糖値も両群間で差が生じたため結論には至っていない。今後のさらなる検討が必要である。

    本研究では,心臓血管術後に人工膵臓を用いた血糖管理を実施し,低血糖発作を起こすことなく安全に集中治療管理を行うことができた。周術期のストレスが惹起する高血糖・血糖変動を抑えることが,続発する合併症の発生を減少させる可能性がある。周術期の糖代謝異常をコントロールすることが,患者の予後に寄与する可能性を示唆することができた。



    【文献】

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