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特集:周術期の血糖管理

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  • 3 術中血糖管理

    術中血糖管理の意義

    術中のエネルギーの需要供給バランスは,手術侵襲,麻酔管理方法,体温を含む代謝変化など様々な因子が影響している。このエネルギー需給バランスの変化により,術中高血糖が惹起されると考えられる。そして,引き起こされた高血糖や異化亢進により,感染症をはじめとする様々な術後合併症が起きる。したがって,術中の適切な血糖管理が患者予後を改善させる可能性があるが,術中血糖管理の指針は未確立なのが現状である。

    Gandhiらの報告によると,心臓手術において,術中平均血糖値が100mg/dL未満では,術後合併症の発生が少なく,術中平均血糖値が200mg/dL以上では,76%の患者で術後合併症が生じる。また,術中平均血糖値が20mg/dL上昇するごとに術後合併症が約30%増加し,術中平均血糖値が術後30日以内の死亡率や呼吸器合併症,腎臓合併症と相関するとした24)

    また,Ammoriらによると,肝移植術において,術中血糖管理が適切でなかった場合,術後30日以内の感染症発生率が有意に増加し,1年生存率,2年生存率が有意に低下した25)。15のRCTを検討したメタ解析26)では,インスリンを使用し血糖値を低めに設定した群が,血糖値を高めに設定した群と比して,創部感染症が少ないという結果であった。

    以上のように,術中血糖管理の有用性が示されている一方で,術中のIITの是非に関して臨床研究が報告されている。心臓手術中のIITは,従来治療群と比して,術後死亡率や術後合併症の発生率に有意な影響を与えなかった27)。心臓バイパス術中のIITは,感染症や死亡率・合併症発生率を有意に低下させることなく,さらに低血糖のリスクを有意に上昇させたため,研究自体が途中で中断となっている28)。心臓手術におけるIIT療法におけるメタ解析では,術後感染症発生率は有意に減少するが,術後30日の生存率には有意な改善が認められなかったという結果となっている29)

    以上のことから,術中高血糖が患者予後を増悪させる因子であることは疑いの余地はなく,侵襲の大きな手術では適切な血糖管理が重要である。しかし,術中からIITを施行するかどうかに関しては,結論はまだ出ていない。今後のさらなる基礎および臨床研究結果が望まれる。

    術中糖投与に関する検討

    周術期における異化亢進はさらなる合併症をきたす30)。手術中の異化亢進には,侵襲性異化亢進と飢餓性異化亢進があると考えられている。全身麻酔中は侵襲性異化亢進が抑制されるが,エネルギー需給バランスが負に傾く飢餓性異化亢進には,外因性に投与し需給バランスを維持する必要がある。しかし,手術侵襲に対するストレス反応によりインスリン抵抗性をきたすため,安易な糖投与は高血糖を誘発する危険性がある。

    術中の糖投与に関しては,少量のブドウ糖含有輸液投与に関しての臨床研究がいくつか存在する。Yamasakiらの報告では,頭頸部手術において1%ブドウ糖加輸液が,高血糖や低血糖を起こすことなく,蛋白質代謝を有意に抑制した31)。またFujinoらによると,糖質投与群でケトン産生が抑制され,さらにインスリン抵抗性も改善した32)。しかし,これらの研究は,糖投与量に大きな差があり,手術も統一されていない。そこで吉村らは,手術患者に間接熱量計を使用した自験例と過去の文献から,全身麻酔下の飢餓性異化反応を抑制するための糖質必要量は1.2~1.7mg/kg/minと考えられると報告している(図3)33)。しかし,術中栄養療法を推奨するためにはまだ課題が残っている。

    4 術後血糖管理

    急性期血糖管理の目標値

    1990年代以降,IITによる厳格な血糖管理が周術期患者の予後に良好な影響を及ぼすという報告が増えていき,2001年に外科系集中治療患者を対象としたLeuven I study34)が報告され,厳格な血糖コントロールの重要性が示された。この報告では,目標血糖値が80~110mg/dLのIIT群は,180~200mg/dLの従来治療群と比較して,ICU死亡率や院内死亡率,ICUでの術後合併症罹患率が低下することが示された。その後,ICU重症患者の血糖コントロールはできる限り厳格であるべきだと考えられるようになり,IITは米国のガイドラインにすぐに取り入れられた。

    しかし,同じ研究グループが外科手術後患者に加え,内科ICU患者を含めて解析した研究35)では,非糖尿病患者群においてIITの有用性が確認されたが,糖尿病罹患を対象としたサブグループ解析でのICU死亡率がIIT群で増加する傾向が認められた。また,重症患者が一度でも重症低血糖を発症すると死亡率が高まるという報告もなされた36)。それ以降,少なくとも糖尿病罹患歴を持つ患者において,IITは有害である可能性があると考えられるようになってきた。

    さらに2009年に発表されたNICE-SUGAR trial37)は,約6000人の集中治療患者を対象にIIT(目標血糖値81~108mg/dL)の通常血糖管理(目標血糖値144~180 mg/dL)に対する有効性を検証した研究であるが,その結果はIITが90日死亡率を有意に上昇させた。また前述のACCORD studyの結果と相まって,ついにIITによる術後血糖管理の優位性は覆った。さらに,NICE-SUGER Investigatorsは,IITに起因する低血糖は重症患者の死亡率を上昇させたと報告している38)

    以上のような研究結果を踏まえ,現在では,急性期血糖管理の目標値は「180mg/dLかつ低血糖を回避」とされることが一般的となっている39)

    これまでは,目標血糖値が110mg/dL以下のIIT群と180mg/dL以下の従来治療群といった2群間での比較試験は数多くなされてきた。しかし,これら以外の目標血糖値についての検討はなされておらず,これらが至適血糖値であるかどうかは不明であった。目標血糖値を①110mg/dL以下,②110~140(144)mg/dL,③140(144)~180mg/dL,④180mg/dL以上,の4群にわけて患者予後について検討したnetwork meta-analysis40)41)によると,短期死亡率および感染症発生率に関しては,4群間で有意差を認めなかった。低血糖発生率は,①110mg/dL以下,②110~140(144)mg/dLの群は,③140(144)~180mg/dL,④180mg/dL以上の群と比較して有意に高かった(図4,表3)。


    以上より,術後急性期における目標血糖値は,140(144)~180mg/dLとすることが望ましいと考えられる。

    糖尿病患者の急性期目標血糖値

    前述のごとく,コントロール不良の糖尿病患者の血糖管理に関しては,正常血糖を目標とするのではなく血糖値が180mg/dLを超えるまではインスリンを投与せずに,非糖尿病患者よりも高めの血糖値を目標にコントロールすることが望ましいとされている。ここでは,糖尿病患者の術後の血糖管理にフォーカスして検討してみたい。

    糖尿病患者を対象に,血糖値180~252mg/dLを目標に血糖管理を行い。ケトーシスやケトアシドーシスの発生頻度を検討した観察研究42)では,ケトアシドーシスの発生頻度は3%,ケトーシスの発生頻度は63%であった。また血糖値が180mg/dL以上の場合と180mg/dL以下の場合で,ケトーシス,ケトアシドーシスの重症度においては両群間で有意差はなかった。

    糖尿病罹患の集中治療患者を対象に,目標血糖値を180mg/dL以下で管理した群と252mg/dL以下で管理した群で群間比較を行った観察研究43)44)では,血糖値を252mg/dL以下で管理した群で平均血糖値と最低血糖値は有意に高かった。低血糖発生頻度に関しては,血糖値を252mg/dL以下で管理した群で低くなる傾向にあったが,相対的低血糖の発生率は有意に低かった。また血糖値を252mg/dL以下で管理した群で血糖変動が有意に小さくなった。

    これらの結果より,糖尿病患者の術後血糖管理に関して,非糖尿病患者よりも高めの血糖値(180~252mg/dL)を目標に血糖管理を行うことで患者予後を改善するというエビデンスは得られなかった。しかし,相対的低血糖を防いだり,血糖変動が小さくなったりと糖尿病患者の予後を改善する可能性は秘めているため,さらなる検討が必要である。今後,より決定的なエビデンスが報告されるまでは,糖尿病合併患者の術後血糖管理は,非糖尿病患者の急性管理と同様で良いと考えられる。

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