株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

特集:周術期の血糖管理

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • prev
  • next
  • 1 はじめに

    周術期血糖は,高血糖でも低血糖でも患者予後を悪化させる。周術期は血糖値に影響を与える因子が多く,それらが相互的に作用しているため,血糖値の是正は容易ではない。しかし,周術期の血糖管理は近年変化し続けている分野のひとつである。本稿では,進歩してきている周術期血糖管理について,術前血糖管理,術中血糖管理,術後血糖管理,そして人工膵臓による血糖管理にわけてそれぞれ解説する。

    周術期高血糖

    手術患者は,拮抗ホルモン放出により高血糖を呈する。さらに手術侵襲に対するストレス反応は,インスリン抵抗性をきたす。また膵臓β細胞機能も低下するため,血中インスリン濃度の低下が生じる。これらの作用により,周術期のストレス性高血糖が生じると考えられている。糖尿病患者の手術は,在院日数,医療コスト,周術期死亡率の増加と関連している。加えて,高血糖自体が独立して,手術患者やICU患者の感染性合併症,心血管系合併症,死亡などといった臨床的アウトカムを悪化させると言われている1)

    周術期低血糖

    周術期高血糖に対してインスリンを用いてコントロールする中で,低血糖と患者予後との関連がNICE-SUGER studyによって発表された2009年以降,周術期の低血糖も着目されてきた。心臓手術後の強化インスリン療法(intensive insulin therapy:IIT)による低血糖(60mg/dL以下)が,死亡率に差はないものの,呼吸器合併症や滞在期間延長の独立した危険因子となる2)。大腸手術の術前・術後の低血糖発作(72mg/dL未満)は,術後合併症の危険因子(オッズ比19倍)となる3)

    以上のように周術期の血糖は,高血糖でも低血糖でも患者予後を悪化させる。周術期は血糖値に影響を与える因子が多く,それらが相互的に作用しているため,血糖値の是正は容易ではない。一方で,新しい糖尿病薬の出現,麻酔方法や麻酔薬の進歩,手術の低侵襲化,周術期血糖管理法に関する臨床研究の積み重ね,人工膵臓などの科学技術の進歩などにより,周術期の血糖管理は近年変化し続けている分野のひとつである。

    2 術前血糖管理

    糖尿病患者では,良好な血糖コントロールを施行すれば,長期予後の改善が期待できる。糖尿病網膜症や腎症といった細小血管合併症を抑制するためには,空腹時血糖とHbA1cのコントロールが必要である。また,脳血管病変,虚血性心疾患といった大血管合併症を抑制するためには,食後血糖のコントロールが必要である4)5)

    術前の血糖コントロールとしては,空腹時血糖値が130mg/dL未満,食後2時間血糖値が180mg/dL未満,HbA1cが6.5%未満となっていることが望ましいとされている6)

    AAGBI(the Association of Anaesthetists of Great Britain and Ireland)のガイドライン7)によると,HbA1c>8.5%の患者または低血糖意識消失の既往がある患者は,手術前に糖尿病専門医にコンサルトを行うこと,HbA1c>8.5%患者は血糖コントロールが改善するまで待機手術を延期することを推奨している。また糖尿病罹患患者の緊急手術では,血糖値を適宜測定し,高血糖を呈する際には血中・尿中ケトン体を測定し,糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis:DKA)の発症に留意する。DKAを合併した患者の手術は死亡率が高いため,可能な限り手術を延期する。

    SAMBA(Society for Ambulatory Anesthesia)の日帰り手術患者に対する周術期の血糖コントロールの提言8)では,HbA1c 7.0%未満,空腹時血糖値90~130mg/dLならびに食後血糖値180mg/dL未満が望ましいとしている。AAGBIの提言と同様,DKAや高浸透圧性高血糖症候群などを合併している場合は手術を延期するべきである(表1)。

    以上より,私案ではあるが,空腹時血糖値が130mg/dL未満,食後2時間血糖値が180mg/dL未満,HbA1cが8.0%未満となっていることが望ましいと考えられる。

    欧米先進国では,日本の現状とは異なり,図19)に示すように,術前から糖尿病治療チームにより集学的な血糖管理を行う。手術予定患者に随時血糖値を測定し,200mg/dL以上またはHbA1cが8.0%以上であれば,糖尿病治療チームが術前,術中,術後の血糖管理に介入する。したがって,外来の早期の段階から専門チームが介入できるという点で日本とはシステムが異なる。

    コントロール不良糖尿病患者の周術期管理

    Diabetes Mellitus,Insulin Glucose Infusion in Acute Myocardial Infarction(DIGAMI)studyによると,HbA1cが高値の糖尿病患者の場合,目標血糖値が126~196mg/dLで管理した群が,インスリンを使用しないで血糖管理(平均277mg/dL)した群と比較して1年後死亡率が低かった10)。また,Duke大学の後方視研究の結果,周術期の平均血糖値は30日死亡率の予測因子であったが,術前のHbA1cは30日死亡率とは関連がなかった。術前HbA1cが周術期の血糖値と強い相関があるにもかかわらず,術後死亡率とは相関がないという結果は,周術期の血糖管理により術前HbA1c高値による死亡率の増加を打ち消す効果があることを示唆している11)。これらの結果から,HbA1cが高値であるような糖尿病患者では,周術期の血糖コントロールを実施することで患者アウトカムを改善することが可能である。

    しかし一方で,The Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes(ACCORD)studyによると,HbA1c値により2群にわけて血糖降下療法の効果を検討した結果,血糖管理が不良な患者群(HbA1c>8%)では,血糖降下療法で死亡率が上昇し,血糖管理が良好な患者群(HbA1c<8%)における血糖降下療法の効果と比較して有意な差が存在した12)。Krinsleyらによると,ICU入室前のHbA1cが8%以上である糖尿病患者においては,血糖値を140~180mg/dLで管理するよりも180mg/dL以上で管理するほうが死亡率を抑制するとしている。これらの結果より血糖管理が不良な患者では,厳格な血糖降下療法が患者予後を悪化させる可能性がある13)

    以上より,HbA1cが高値の患者では,正常血糖を目標とするのではなく血糖値が180mg/dLを超えるまではインスリンを投与せずに,非糖尿病患者よりも高めの血糖値を目標にコントロールすることが望ましい可能性がある。

    術前炭水化物含有補水の有用性

    欧米を中心に術後回復促進を目的としたenhanced recovery after surgery(ERAS)が提唱され国内でもその概念が浸透して久しいが,その中で麻酔導入2時間前までに炭水化物飲料を飲用することが推奨されている。2012年に日本麻酔科学会ガイドラインで術前2時間前までの清澄水の摂取が可能となった。

    健常ボランティアを対象とした研究では,18%炭水化物含有飲料の経口摂取がインスリン抵抗性を改善し,異化亢進を軽減したと報告した14)。PROCY studyによると,腹部手術を受ける手術患者を対象に,100gの術前炭水化物の経口摂取を行ったところ,術後高血糖(>180mg/dL)を回避できたとした15)。術前経口炭水化物負荷の効果を検討したメタ解析16)では,バイアスや異質性の問題もありエビデンスレベルは高くないとしているが,術前経口炭水化物負荷は糖尿病患者の周術期の血糖コントロールを容易にし,インスリン抵抗性を改善する可能性があると考えられている。

    糖尿病薬の術前管理

    糖尿病患者では既に施されている治療方法やコントロールの良し悪しを確認し,手術直前まで良好な血糖コントロールを継続し,血糖値の乱高下を抑制することが求められる。近年では長時間作用性を有する糖尿病薬が使用されているため確認が必要である。

    表2が示すように,術前日まではほとんどの糖尿病薬は継続され,術当日はほぼすべての糖尿病薬は中止されている17)。ただし,SGLT2阻害薬は手術2日前から中止することが推奨されている。中間型・持効型インスリンは前日には80%の投与とし,当日は50%の投与とする。速効型は中止する。

    スルホニル尿素薬は心筋のATP感受性カリウムチャネルを抑制するので,麻酔薬によるプレコンディショニングを阻害する可能性がある。DPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬などは消化管運動を低下させるため,留意が必要である。


    TOPIC SGLT2阻害薬関連正常血糖ケトアシドーシス(EuDKA)

    糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は,糖尿病の致死的な合併症のひとつである。最近,SGLT2阻害薬が心筋梗塞,脳梗塞のリスクを軽減し,さらに低血糖の危険を伴うことなく死亡率を改善すると言われている18)19)。正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic DKA:EuDKA)はSGLT2阻害薬と関連していると言われており,近年,周術期患者でのEuDKAの報告が散見される20)。EuDKAは,正常血糖(血糖値<250mg/dL),重度の代謝性アシドーシス(pH<7.3,血中重炭酸イオン<18mEq/L),ケトン血症と定義されている。今回,心臓手術後にICUにてSGLT2阻害薬関連EuDKAを発症した症例を経験したので提示する。

    【症例】
    50歳,男性。近医にて糖尿病に対してSGLT2阻害薬とDPP-4阻害薬を処方されていた。当院にて無症候心筋虚血に対し全身麻酔下にoff-pump coronary artery bypass graftingが施行された。

    【ICU入室後経過】
    ICU入室時の動脈血ガス分析(arterial blood gas analysis:ABG)はpH 7.319,PaCO2 46.7mmHg,HCO3 24.0mmol/L,BE −2.5mmol/L,グルコース 145 mg/dL,乳酸値 0.9mmol/L,アニオンギャップ(anion gap:AG)5.0mmol/Lであった(図2)。



    術後1日目,抜管施行後のABGでは,pH 7.285,PaCO2 39.5mmHg,HCO3 18.8mmol/L,BE -7.4mmol/L,グルコース 109mg/dL,乳酸値 1.1mmol/L,AG 10.5mmol/Lと代謝性アシドーシスを呈した。同時に測定した尿中ケトン体は3+,血中総ケトン体は7038μmol/Lと高値であった。症状としては軽度の口渇感と多尿を認め,腹痛や呼吸状態の異常は認めなかった。DKAが疑われたため,細胞外液負荷とインスリンによる血糖管理を行った。食事摂取は同日夕食より再開とした。

    術後2日目,ABGではアシデミアの改善を認めたものの,尿中ケトン体3+であり,1日尿量も4000mLと多尿のため,細胞外液負荷は継続とした。

    術後7日目に尿中ケトン体陰性化を認め,尿糖は250mg/dLと低下した。

    術後8日目よりリナグリプチンの内服開始となった。

    その後,尿中ケトン体陰性のまま経過し,術後15日目に退院となった。

    【考察】

    SGLT2阻害薬関連EuDKAの発症頻度は,1000症例中0.16~0.76症例であると言われている21)

    SGLT2阻害薬は,近位尿細管における競合阻害により,尿中グルコース再吸収を阻害し,尿中グルコースの排出を増加させる22)。周術期絶食や手術などのストレスにより,糖代謝から脂質代謝に切り替わる。さらに,手術などのストレスや血糖値低下により,インスリン分泌が低下,グルカゴン分泌が増加することで,インスリン/グルカゴン比が低下する。その相対的な高グルカゴン血症がリン脂質代謝とケトン産生の増加を誘導する。

    本来ならば,肝臓での糖新生により血糖値が上昇するはずであるが,SGLT2阻害薬の作用(腎尿細管での尿糖排泄亢進作用)により血糖値が上昇せず,EuDKAが発症すると考えられている20)

    本症例でも発症時の血糖値は109mg/dLと,正常値であった。
    SGLT2阻害薬関連EuDKAの治療は,①SGLT2阻害薬の中止,②ブドウ糖加輸液製剤の投与,③必要に応じてインスリン投与,とされている。

    本症例でもSGLT2阻害薬を中止し,ブドウ糖加輸液製剤を投与して加療を行った。
    術前のSGLT2阻害薬の中止期間に関しては,2016年のAACE(American Association of Clinical Endocrinologists)とACE(American College of Endocrinology)の提言でも,術前日からの休薬を推奨している23)。しかし,術前日から休薬していてもDKAを発症した報告なども散見されるため,今後さらなる検討が必要である。

    本症例でも,尿中ケトンの陰性化まで約1週間,尿中グルコース陰性化まで約2週間を要した。

    さらにSGLT2阻害薬内服中の緊急手術などの場合,血糖値やケトン体の推移を追うことが重要となってくる。今後,SGLT2阻害薬の使用が増えてくることから,安全な周術期管理のために症例を集積しSGLT2阻害薬内服患者の周術期管理の新たなガイドラインが早急に必要である。


  • prev
  • next
  • 関連記事・論文

    もっと見る

    関連書籍

    もっと見る

    関連物件情報

    もっと見る

    page top