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公費検診で胃内視鏡検査が推薦されない理由

No.4686 (2014年02月15日発行) P.84

斎藤 博 (国立がん研究センターがん予防・検診研究センター検診研究部部長)

登録日: 2014-02-15

最終更新日: 2017-09-19

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【Q】

厚生労働省指針の改訂で公費検診での胃内視鏡検査が推薦されなくなったとのことである。臨床現場では,X線より胃内視鏡のほうが食道癌,胃癌の発見率は高いという認識があると思うが,検診においてはほかの検査方法と比べて胃内視鏡検査に明らかな欠点があるのか。
また,胃内視鏡検査が推薦されなくなった理由として「治療の必要のない早期がんを発見する可能性がある」ことが挙げられているが,可能であればこのエビデンスについて,文献などを併せて。
(東京都 N)

【A】

検診法の有効性の判断には,診断法とは異なり,死亡率を低下させる科学的根拠が必要である。胃内視鏡検査は診断法として優れていることは疑いないが,検診法としての有効性を判断するには未だ十分な科学的根拠がない

質問の中に「厚生労働省指針」とあるが,がん検診に関して厚生労働省指針と言えば「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」を一義的に指す。質問には「厚生労働省指針の改訂で公費検診での胃内視鏡検査が推薦されなくなった……」とあるが,そのような事実はまだない。本質問は「科学的根拠による胃がん検診ガイドライン(暫定版)」(国立がん研究センター研究班による)を「厚生労働省指針」と混同した新聞報道に基づいていると思われる。

いずれにせよ趣旨は「臨床上の診断法として,胃内視鏡検査は胃癌発見率が高い優れた検査法であるにもかかわらず,なぜ検診としては推奨されないのか」ということである。これは,多くの読者が感じておられる疑問であろう。

がん検診導入のための条件

この理解にはがん検診が施策として導入され,国民に広く行われるために必要な条件を知る必要がある。まず,検診の目的である当該がんの死亡率・リスクの低下がもたらされる科学的根拠が確立していることが前提条件となる1)。胃内視鏡による検診は胃癌死亡率を低下させる科学的根拠がまだ不十分で,この条件を満たしていないことが本質問への回答である2)。また,がん検診に伴う不利益が利益に比べて十分に小さいことも必要であり,これらの条件はがん検診に共通した国際標準の原則である1)

以下,最初の条件である科学的根拠,とりわけその指標が死亡率であって,がん発見率は実は指標になりえないことについて説明する。

がん検診における過剰診断の問題

まず,がん検診の有効性について,我が国では多くの誤解がある3)。主たる誤解の1つは,臨床上の優れた診断検査は検診法としても有効であるという短絡である。胃内視鏡検査は診断法として優れていることは疑いなく,それで検診を行えばがん発見率が高いので,死亡率が下がるのは当然だろうと誰しも直感的に判断しがちである。しかし,がん発見率が高いだけで,死亡率が下がるとは限らず,検診法として有効かどうかはあらためて評価しなければならない。これは,検診発見がんに含まれる過剰診断がんのためである1)3)

過剰診断がん1)3)というのは,形態学・病理学的にはがんであるが,生物学的にはがんとして振る舞わないがんのことである。例えば,ほとんど進行しない場合や,高齢者に進行が遅いがんが発見され,寿命のあるうちに症状が出るほどまでに進行しない場合などが相当する。このようながんは,無症状であるため検診以外では診断の契機がなく,通常の診療では基本的に遭遇しない。しかし,いったん検診を行えば,どのような種類のがんでも多かれ少なかれ発見されると考えられる。この場合,通常のがんと区別ができないので,無駄な治療を強いられることになる。

典型的な例として,前立腺癌や甲状腺癌が有名である。がん発見率にはこうした死亡率と関係がないがんも含まれるため,科学的根拠にはなりえないのである。胃内視鏡検診についても,ほかに比べて限定的とはいえ,過剰診断がんの存在が示唆されており4),死亡率を低下させるという科学的根拠を示す必要がある。

内視鏡検診導入への課題

胃内視鏡検診に関して死亡率を指標とした研究は数年前までは1つしかなく,しかも無効とするものであった5)のが,この約5年間でいくつかの研究が行われたことは明らかな進歩と言える2)。しかし,それらのいずれの研究も,残念ながら死亡率が下がると客観的に判断できる水準には達していない。詳細は他稿2)に譲るが,例えばある研究で内視鏡を行った群(健常者中心)で死亡リスクが低下したという結果が報告されたが,実は比較した対照群はよりリスクの高い患者群のため,内視鏡によるリスク低下とは言えないなど,研究の基本的な方法に問題があった2)

今後,内視鏡群と対照群の比較性の確保など,既存の研究を補完するデータが提示されればそれら研究によるエビデンスの質が向上し,有効性の判断に活用できる可能性があり,追加研究が期待される。同時に新たな質の良好な研究が望まれる。
胃内視鏡検診の欠点としては,まず偶発症が挙げられる5)。重篤な偶発症は高齢者に多く,この点はX線検査と同様である。内視鏡検査はその精度管理が難しく,検診として普及した際には技術格差が大きくなるため,高率な偽陰性も懸念される。また,内視鏡検査のキャパシティは検診を行うには相当小さいと推定され,優先度の高い診療上の診断検査としての処理能が圧迫される可能性も考えておく必要がある。近い将来の内視鏡検診導入に備えて精度管理をはじめ,体制整備のための検討も急がれる。


【文 献】

1) 斎藤 博, 他:がん治療エッセンシャルガイド. 改訂2版. 佐藤隆美, 他 編. 南山堂, 2012, p190.
2) 斎藤 博:Medicina. 2013;50(11):480-7.
3) 斎藤 博:がん検診は誤解だらけ. NHK出版, 2009.
4) Hamashima C, et al:Jpn J Clin Oncol. 2006;36 (5):301-8.
5) 平成16年度厚生労働省がん研究助成金「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班(主任研究者:祖父江友孝):有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン. 2006.

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