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出生前診断 ─ これまでの実績を踏まえた見解 [特集:遺伝子診断と生命倫理を考える]

No.4836 (2016年12月31日発行) P.24

登録日: 2016-12-23

最終更新日: 2016-12-21

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  • 玉井邦夫(たまいくにお)

    公益財団法人日本ダウン症協会代表理事、大正大学心理社会学部臨床心理学科教授

    ダウン症当事者活動の沿革と出生前診断

    わが国において、ダウン症に関する全国規模の当事者団体が設立されたのは、1964年、財団法人小鳩会の結成に始まる。ダウン症が21番染色体の異常による疾患であることが確認されたのは1959年のことであるから、かなり早い段階から全国的な連携を実現していたと言うことができる。小鳩会は、結成から4年目には厚生省(当時)の研究費を獲得してダウン症に関する研究班を立ち上げるなど、さまざまな側面で多大な功績を残した。早い段階から公益法人格を取得したこともその1つである。

    小鳩会の活動は、1970年代後半から徐々に混乱を呈したようである。直接的なきっかけは、MD散と呼ばれる栄養補強剤の投与をめぐる議論であった。薬物投与によって障害特性の改善を図ろうとする方針の是非をめぐる議論が、組織運営のあり方などをめぐる意見の相違と重なる形で、内部に分派を生じ、全国規模の活動は事実上の休止状態に陥った。

    小鳩会から分派する形で設立されたこやぎの会は、やがて会員数が2000名を超え、実質的な全国組織の様相を呈した。小鳩会も九州や四国を中心に地道で継続的な活動を続け、当事者団体としての法人格を維持するための努力を続けていた。両会に表面的な「抗争」のようなものがあったわけではなく、どちらにも参加している会員も多かったと思われる。しかし、「全国組織」を名乗る会が2つあるようなイメージは拭いきれなかった。そのような状況を打破し、全国組織としての活動を担いうる新たな連合体として1995年に発足したのが日本ダウン症協会(JDS)である。

    当初、任意団体として活動していたJDSは、小鳩会が維持してきた法人格を継承する形で2001年に厚生労働省管轄の公益法人として認可された。

    羊水検査が普及した1960年代に、その後の出生前診断技術のような社会的議論があったのかは分からないが、1966年に兵庫県が「不幸な子どもの生まれない県民運動」を提唱し、72年に県民に羊水検査の県費負担によるマススクリーニング化を勧めたことに対して、多くの障害者団体から抗議が寄せられ、短時日で頓挫した。ダウン症が染色体の構造異常である以上、遺伝学的検査との関連の議論は当事者活動の開始当初からあったものと思われる。

    母体血清マーカー検査をめぐる議論

    JDSが法人格を取得した頃と前後するかのように、母体血清マーカー検査がわが国に導入されようとしていた。これに対してJDSは「個々のカップルや妊婦の判断には介入しない、技術の進歩そのものを否定することもしない、しかし検査がマススクリーニング化され、子どもにダウン症があるということを知りながらも出産する決心をしたカップルや母親が社会的に糾弾されるような事態は許容できない」という基本スタンスを定め、多くの障害者団体等と共同してキャンペーン活動を展開した。この検査については厚生科学審議会先端医療技術評価部会の中に設置された「出生前診断に関する専門委員会」で公開の議論が重ねられ、1999年に「母体血清マーカー検査に関する見解(報告)」が発表されることになった。出生前診断技術に関して、学会レベルではなく国レベルでの見解が示されたのは画期的なことであり、しかもその内容にはその後の出生前診断技術の臨床応用に関して重大な影響を及ぼす可能性のある下記の文言が含まれていた。

    「この技術の一部は障害のある胎児の出生を排除し、ひいては障害のある者の生きる権利と命の尊重を否定することにつながるとの懸念がある 」

    「胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があるといった特質と問題があることから、医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。医師は本検査を勧めるべきではなく、企業等が本検査を勧める文書などを作成・配布することは望ましくない」

    ここには、出生前診断がマススクリーニングされることが、障害児・者の排除につながる懸念が明確に示されていたと言うことができるだろう。

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