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橋本脳症の症状,診断,治療とは?

No.4816 (2016年08月13日発行) P.60

米田 誠 (福井県立大学看護福祉学研究科教授)

登録日: 2016-08-13

最終更新日: 2018-11-27

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【Q】

橋本脳症の症状,診断,治療について教えて下さい。傍腫瘍神経症候群の辺縁系脳炎と似た病態なのでしょうか。 (東京都 F)

【A】

橋本脳症は,慢性甲状腺炎(橋本病)に伴う自己免疫的機序を背景とした脳症で,ステロイドを主とした免疫療法が奏効する治療可能な疾患です(文献1,2)。その精神・神経症状は多様ですが,意識障害,精神症状,てんかんを主徴とした急性脳症が最もよくみられます。このほかにも,慢性のうつ・統合失調症様の精神病,亜急性から慢性に進行する小脳性失調を呈することもあり,広い臨床スペクトラムを有する疾患です。検査・画像上は,抗甲状腺自己抗体が陽性であるほかに,脳波での基礎調律の徐波化やSPECTでの血流低下が高頻度に認められます。これに比べて,頭部MRIでの異常は乏しいという特徴があります。脳の炎症を反映する脳脊髄液での蛋白の上昇も半数にとどまります。
本症は,臨床症状が多様であるため以前は診断が容易ではなく,「治療可能な見逃されている疾患」と言われた時期もありましたが,私どもが開発した抗NAE抗体測定により血清診断が可能となりました(文献3)。診断は,これらの臨床徴候,検査・画像所見,抗NAE抗体などを総合してなされますが,鑑別疾患は粘液水腫性脳症,脳感染症,膠原病,自己免疫性脳炎,脊髄小脳変性症など多岐にわたります。治療としては,ステロイドがまず用いられ,大多数の患者で奏効しますが,一部のステロイド抵抗性の患者では,保険適用外ではありますが,免疫抑制薬,大量免疫グロブリンや血漿交換が試みられています。
橋本脳症の患者の一部では,記憶や情動に関わる中枢である側頭葉辺縁系と呼ばれる脳の部分が主として障害されます。そのため,認知機能障害や幻覚・せん妄をきたし,辺縁系脳炎と呼ばれる病態を呈します。一般に,辺縁系脳炎の原因は多岐にわたり,単純ヘルペス脳炎のような脳感染症,全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病に伴う脳炎・脳症,各種の細胞表面の受容体やチャネルに対する自己抗体介在性脳炎(抗NMDAR抗体脳炎や抗VGKC複合体抗体脳炎など)が挙げられます。特に自己抗体介在性脳炎では,卵巣奇形腫や胸腺腫など特有な腫瘍を合併することが知られ,傍腫瘍神経症候群の範疇としてとらえられています。このように辺縁系脳炎で腫瘍を合併する場合は,免疫療法に抵抗性の傾向があります。
以上のように,橋本脳症の臨床像は多様で,他の多くの疾患や病態との鑑別が必要なため,診断に難渋することも稀ではありません。また,神経内科,内分泌内科,精神科,救急診療科など複数の診療科にまたがることも診断を困難にしています。しかし,本症は治療可能であることから,多くの臨床科の日常診療で,その可能性を念頭に置き,見逃してはならない疾患のひとつと考えます。

【文献】


1) Brain L, et al:Lancet. 1966;2(7462):512-4.
2) Shaw PJ, et al:Neurology. 1991;41(2):228-33.
3) Yoneda M, et al:J Neuroimmunol. 2007;185(1-2):195-200.

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