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弛緩出血の止血法

No.4737 (2015年02月07日発行) P.57

近藤英治 (京都大学大学院医学研究科器官外科学講座婦人科学産科学講師)

登録日: 2015-02-07

最終更新日: 2018-11-27

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【Q】

分娩前後の母体急変の最大の原因は子宮収縮薬の効果がない弛緩出血です。子宮収縮薬の投与,子宮底の輪状マッサージ,アイスノンRによる子宮の冷却などで明らかに子宮の収縮が改善しても子宮内からの出血が持続する症例があります。このような症例で子宮頸管裂傷を認めない際は,子宮腔内に500cmのヨードホルムガーゼを挿入し,圧排止血をしてきました。多くはこれで止血できますが,稀に効果がありません。
最近,子宮型羊水塞栓症などが注目されていますが,緊急時の診断は困難です。このような症例では当然,早急に高次施設に搬送すべきですが,搬送までの間に優先的にすべきことは何でしょうか。
また,最近ガーゼでなくオバタメトロR(分娩介助用バルーン)などの子宮内挿入が効果的との文献を見ます。出血原因にかかわらず,500cmのガーゼで圧排止血できない症例に数十mLのバルーン挿入では効果が期待できないと推測します。京都大学・近藤英治先生は大型のバルーン(Bakriバルーン)を子宮内に留置されていますが,その効果と欠点,利用上の注意点などをご教示下さい。
【質問者】
橋井康二:ハシイ産婦人科院長

【A】

分娩後出血は妊産婦死亡原因の第1位であり,産科医療従事者は分娩後出血の止血処置に習熟することが必要です。
子宮型の羊水塞栓症は突然の血圧低下などアナフィラキシー様症状を伴うことが多く,多量出血が起きる前から播種性血管内凝固症候群(DIC)が先行します。分娩直後から非凝固性の出血が持続し子宮収縮薬のみで止血を得ることはないので,対応が遅れると母体の生命を脅かします。バイタルサインを測定し,十分な輸液,子宮収縮薬および酸素を投与しながら(院内に新鮮凍結血漿があれば投与開始),直ちに高次医療機関に搬送します。搬送までの待機時間に応急止血処置としての後述の子宮内バルーンの留置を考慮して下さい。
子宮腔内へガーゼを充填し止血を図る方法は古くから用いられています。本法を用い止血を試みた後に搬送されてきた場合,到着時に既に止血していることも稀ではありません。しかし,子宮体部の奥からガーゼを順々に充填することは難しく,子宮腔内に不十分にガーゼを挿入するとかえって子宮収縮を妨げ出血を助長する恐れがあります。また,ガーゼが血液を吸収するため,止血効果の判断に時間を要します。
一方,子宮内バルーンタンポナーデ法は簡便な応急止血法です。各国のガイドラインでも弛緩出血の止血法として推奨されており,私たちの施設でも2011年より弛緩出血に対する管理プロトコールに子宮内バルーンタンポナーデ法を取り入れてきました。当初は,留置したバルーンが滑脱するなど止血が得られず子宮動脈塞栓術を要することもありましたが,バルーンタンポナーデの施行法に工夫を重ねることでその奏効率は97%に達し,現在では子宮動脈塞栓術や子宮摘出を行うことはほとんどなくなりました。
子宮内バルーンタンポナーデ法を用いて止血を得るコツは,結論から述べると,(1)出血点を見きわめる,(2)出血点を直接圧迫する,(3)バルーンの滑脱を防ぐ,の3点です。
弛緩出血は子宮腔内からびまん性に出血していると考えがちですが,dynamic CT画像で造影剤漏出部位を確認すると,出血部位は面ではなく点です。動脈性出血(早期相での造影剤漏出)を認めない場合は,子宮動脈塞栓術や子宮摘出を行わなくても保存的に止血が可能です。
一方,動脈性出血を認める場合は,子宮収縮薬のみでは止血できません。出血部位は経腹超音波断層装置で確認できる症例もあり,臨床所見から推測することも可能です。子宮腔内に凝血塊を認めない弛緩出血は子宮下部あるいは頸部からの出血です。一方,子宮腔内に凝血塊があり,排出しても繰り返し凝血塊が貯留する場合は子宮体部からの出血です。出血点に応じてバルーンを留置すると大部分の症例で止血を得ることが可能です。
子宮内に留置するバルーンは,以前は22Frの3 wayフォーリーバルーンカテーテルを(必要に応じて複数個)使用していましたが,現在は2013年4月に保険収載された子宮用止血バルーンカテーテル(Bakriバルーン)を用いています。経腹超音波下に胎盤鉗子を用いて子宮腔内に挿入し,子宮口から血液の流出を認めなくなるまで50mLずつ生理食塩水または蒸留水を注水します。バルーンへの注水総量は500mLまでとしていますが,私たちの経験では通常300~350mLまでで止血を得ます。
失敗例の多くはバルーンの滑脱が原因であり,帝王切開後であっても子宮口からバルーンが脱出することがあります。脱出予防に腟内にガーゼを充填する方法が一般に推奨されていますが,「弛緩出血」と分類されていても子宮の収縮力は多くの症例で保たれており,バルーンは容易に滑脱します。私たちはバルーンが子宮口から脱出し止血が得られない症例に対しては,子宮腟部を頸リス鉗子で把持し,バルーンの脱出を防止しています。
弛緩出血に遭遇した場合は,適切な初期対応を行い,十分な子宮収縮薬を投与しても止血困難であれば,躊躇せずに搬送して下さい。

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