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【識者の眼】「COVID-19流行対策、患者対応における倫理的課題(2)─社会的困難者への支援そのものであること」西條政幸

No.5191 (2023年10月21日発行) P.61

西條政幸 (札幌市保健福祉局・医務・健康衛生担当局長、国立感染症研究所名誉所員)

登録日: 2023-10-06

最終更新日: 2023-10-06

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あるひとりの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)高齢患者の息子さんからの言葉が忘れられない。「私たちは保健所から見捨てられたと思っていた」。自宅でひとりで生活されながら、認知症を患い、徘徊することのある高齢男性患者の息子さんからの言葉である。

その息子さんは同じ市内にある別の住居で生活されていた。COVID-19流行が大きくなり、患者の入院調整が困難になった時期のことである。当該患者に関する連絡が入ったのが夕方で、認知症で徘徊することがあると、それだけでも入院調整は難しい。なかなか受け入れ先の病院は見つからない。私たちは、その日このまま自宅で健康観察しながら、翌日には入院につなげるつもりで、その日は息子さんに患者の見守りをお願いした。

夜遅い時間ではあったが、あらかじめ約束していた時間に、患者の病状を確認するため息子さんに電話連絡したところ、仕事のために外出しておられ、患者の状況を確認することはできなかった。仕事を終えたらすぐに患者のところに戻り、状態を確認してもらうことを約束して会話を終えた。息子さんも自らの生活基盤を維持するために、仕事を休むことができなかったのである。そのときに発せられた言葉が上記の言葉である。入院調整をしなかったことが、患者さんや家族の方々には「見捨てられた」という思いを抱かせた。

COVID-19患者が医療を受ける際には費用のほぼ全額が補助されているが、少額ながら一部自費を要する。その費用を支払うことができないのを理由に入院治療をためらう方々もおられた。重いうつ病を抱えた、COVID-19に罹患していると診断された患者が自死を試みた。比較的若い方でCOVID-19症状はあまり重くなかったが、入院調整を必要とした。しかし、この患者を受け入れる医療機関は市内にはなかった。

2020年1月に日本でCOVID-19流行が始まってから、約3年半が経過した。私たちが行ってきたCOVID-19対策は、高齢、認知症を含む基礎疾患、社会的・経済的困難など、様々な困難を抱える方々への支援のようなものであったと言っても過言ではない。COVID-19流行対策を保健所職員として経験したが、それは感染症対策が社会保障・福祉の視点でなされる必要があることを教えてくれた。

西條政幸(札幌市保健福祉局・医務・健康衛生担当局長、国立感染症研究所名誉所員)[COVID-19][入院調整]

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