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【識者の眼】「どんな薬を承認すべきかが誰にもわからない」小野俊介

No.5170 (2023年05月27日発行) P.62

小野俊介 (東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)

登録日: 2023-05-10

最終更新日: 2023-05-10

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新薬の承認を審議する薬事食品衛生審議会で、何年かに一度、とても不思議な質問が委員から発せられることがある。

「あのー、私たち委員は一体どんな薬を承認すればよいのでしょうか? 一度もそれを聴いたことがないような気がするのですが……」

まさしく「王様は裸!」の指摘である。周りの委員の中には「そんなホントのことを大の大人が口に出してどうするんだ」と露骨に顔をしかめる人もいる。お役人は「またか」と思いつつも当惑したような顔で、法律やらガイドラインやら外国の制度やらを並べ立ててそれらしく回答する。付け焼刃の回答の説得力はともかく、一応の答えがあったことで皆がとりあえずは安心し、心でこう呟くのである。「我々委員には、つまらない書生談義をしている暇はないのだ。専門家として、この薬を承認するか否かの科学的な議論をしないといけないのだから」……。うーん。先生方、それはどうでしょうか。その手のその場しのぎを何十年も繰り返してることを自覚してます?

むろん薬機法にはそれに対する答え「らしきもの」がある。承認の三要件とも言われる、薬が①効能・効果を有し、②リスクとベネフィットのバランスが許容され、③品質に問題がない、と認められていること。しかしこれらはどう見ても、現実の薬を承認するかどうかの切羽詰まった判断に役立つ基準ではない。たとえるなら日本国憲法の三原則(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)のようなもの。

「効能・効果を有する」、つまり「有効性」という言葉の定義が怪しいことはこれまで再三、本コラムでも述べた通りである。薬機法には「有効性」や「安全性」なる語が星屑のごとく散りばめられている。が、だからと言って、医学・薬学でまともに定義されたことのないこれらの概念を、私たちが使いこなせているとはとても思えないのである。ましてや「リスクとベネフィットのバランス」なんてややこしい概念を前にしたら、絶望的な気持ちになるのがまともな人間であろう。

審議会の委員が「私たちは一体何を拠り所にして、何を議論すればよいのだろう?」と途方にくれるのはむしろ当然のことであり、そのような疑問が(おずおずと数年に一度であれ)発せられることこそが委員の良識の証である。あ、ついでに、賛否両論の新薬の承認可否が、委員ほぼ全員が下を向いたまま「なんとなくの全員一致」で決まる国に私たちは住んでいることもお忘れなく。

小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[薬事食品衛生審議会][承認の三要件]

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