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【識者の眼】「パンデミックの海で④─クルーズ船で遭遇した光景」櫻井 滋

No.5168 (2023年05月13日発行) P.60

櫻井 滋 (東八幡平病院危機管理担当顧問)

登録日: 2023-04-25

最終更新日: 2023-04-25

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JR桜木町駅で同行3名※1と合流し、ひとまず横浜検疫所に向かった。到着した所内は人影まばらで、既に大黒埠頭に大部分の所員が振り向けられ、詳細は不明とのことだった。所員に促され、4名は公用車で現地に向かうこととなった。

港が近づくと誰からともなく「乗るのですか?」との声が上がった。一瞬考え「私は乗りますが、皆さんはご自由です」と応じた。埠頭に向かってしばらく走ると眼前に巨大な船体が横たわっていた。短時間の下見と心に決め、乗船口に向かった。巨大な船への入口は船体の中ほどに架けたタラップに続くただ1カ所であり、全ての人々や資材はそこを通って出入りしていた。つまり、動線が集中していたのである。

感染制御の世界では、汚染と非汚染で別ルートを設けて感染を制御するのが常識だが、この船の場合、上下船ルートは物理的に1カ所だったということになる。災害時の避難所や福祉施設と同様に清潔・不潔ルートの理想的分離は、当初から望めない状況だとわかった。

私たちは予定宿泊場所には立ち寄らず、私物を携えて船内へと向かった。入口にはN95※2と思しき形状のマスクとプラスチック手袋をつけた船員が、乗船する人物の写真を撮りIDカードを発行する作業をしていた。私たちは感染制御の担当者を示す、災害時感染制御支援チーム(DICT)のビブスを着用して身分を示すこととしていたが、停泊中とはいえ船長には乗船者の把握義務があり、私たちもセキュリティチェックを受けることとなった。

船員の個人防護具(personal protective equipment:PPE)の取り扱いは個人ごとに明らかな差が見られ、当時致命的とも恐れられたウイルスが蔓延する現場という緊張感はほとんど感じられなかった。ともあれ、N95をラフに身につけるも、手指衛生はおろか手袋さえ替えない集団の間を抜けて、我々は厚生労働省の担当官が待つ階上のラウンジに向かった。

船内では「思いおもい」のPPEを身に付けた検疫所職員や厚生労働省の担当官、DMAT隊員や自衛隊員、船員が行き交っていた。(続く)


※1 菅原えりさ(東京保健医療大学教授、感染管理認定看護師)、中澤 靖(東京慈恵会医科大学教授、感染制御医)、美島路恵(同大学附属病院、感染管理認定看護師) 

※2 空気感染予防策として用いられる微粒子マスクであり、CDCでは通常のマスクとは区別してN95 respiratorと呼んでいる

櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[新型コロナウイルス感染症][ダイヤモンド・プリンセス号]

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