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ヘルスサービスリサーチの手法とデータソース【臨床医に伝えたいヘルスサービスリサーチ(2)】

No.5156 (2023年02月18日発行) P.32

岩上将夫 (筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野准教授)

登録日: 2023-02-20

最終更新日: 2023-02-16

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  • 1. はじめに

    ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)は「社会的要因,報酬体系,組織の構造とプロセス,医療の質とコスト,そして最終的には,健康やウェルビーイングへの影響を科学的に探究する学際的な研究分野」などと定義される1)。端的に言えば,健康に関する何らかの「サービス」を科学的に評価する学問である。このサービスには,健診・検診制度や診療報酬制度,さらには病院や医師の提供するサービス(例:手術,抗菌薬処方,リハビリテーション)などが含まれる。しかし,何をヘルスサービスとみなすかについては人によって多少意見の違いがあるかもしれない。

    日本の医学界は伝統的に研究=基礎実験という風潮が強いが,米国などの諸外国では,たとえば糖尿病領域のトップジャーナルである米国糖尿病学会誌Diabetes Careの論文カテゴリーとして「Epidemiology/Health Services Research」とあるように,HSRが重要な医学研究の一分野と認識されている。

    本シリーズでは,次回から様々な専門分野でHSRを実践している臨床医に登場頂く。今回は,その前の準備段階として,どのようなHSRの手法やデータソースがあるか概説する。

    2. HSRのための疫学的手法(研究デザイン)

    多くの研究は,データを集めて,統計解析を行い,結果を解釈するという手順を踏む。細胞や実験動物からデータを集めるとき(つまり基礎医学研究)に重要なのは「実験的手法」の理解であるのに対し,ヒトからデータを集めるとき(臨床医学研究や,HSRのような社会医学研究)に重要となるのは「疫学的手法」,特に研究デザインについての理解である。図1に研究デザインの分類の一例を示した。

     

    この図の分類に加えて,記述的(descriptive)研究と分析的(analytical)研究という視点が重要である。介入研究≒分析的研究であるのに対し,観察研究の中には,純粋な記述的研究,純粋な分析的研究,1つの研究の中で記述をしつつ因果関係の分析も加えているような研究,など様々なパターンが見受けられる。

    記述的研究は基本,現状の統計を集計し「見える化」することを目的とする。たとえば,英国のプライマリ・ケア医が抗菌薬のガイドライン推奨日数を超えて処方することが多い現状を「見える化」した横断研究2)や,日本において糖尿病患者に本来必要な年1回以上の眼底検査や尿検査が十分に行われていない現状を「見える化」した研究3)は,臨床家の意識を変えうる重要な記述的研究である。

    一方,分析的研究は,ある曝露因子(exposure)とアウトカムの間に関連,特に因果関係があるか評価することを目的とする。このとき,興味のある曝露因子やアウトカムが医薬品の場合には薬剤疫学(pharmacoepidemiology),手術や検査値などの臨床に関連するものである場合には臨床疫学(clinical epidemiology),ゲノムの場合にはゲノム疫学(genetic epidemiology),ヘルスサービスの提供に関連する場合にはHSR,などと類型化できる。ただし,1つの研究が2箇所以上の類型にまたがることもあるだろう。たとえば,心臓リハビリテーションを日常診療の中で集めたデータから評価する研究は,(特に実施状況にフォーカスした場合は)HSRとも,(特に効果にフォーカスした場合は)臨床疫学研究ともみなせる。

    一般に,医薬品が承認を得て保険適用となるためには臨床試験,特にランダム化比較試験が求められることが多い。ヘルスサービスについても,理想的には,ランダム化比較試験を行って因果関係を十分検証してから世に導入され普及することが望ましい。しかし,現実的には,多くの経済政策などと同様,世の中の移り変わりの早さや社会的需要に応じることを優先し,ランダム化比較試験を経ずに導入され普及するヘルスサービスは多い。そこで重要となってくるのが,ヘルスサービスが実際に有効であったか事後的に検証する観察研究である。

    しかしながら,現実(リアルワールド)の臨床現場や社会では,あるヘルスサービスを受けた人と受けていない人はランダムではない。たとえば,2016年に日本で導入された入院中の認知症ケア加算を,事後的に評価する観察研究を考えよう4)。現実世界では,認知症ケア加算を取る病院と取らない病院は経営方針や諸々の事情によりランダムではない形で散らばっており,また同じ病院に入院した認知症患者の中でも,認知症ケア加算(および関連するサービス)が適用される患者もいれば適用されない患者もいる可能性があり,その現場の判断はランダムではない。このようなとき,単純に認知症ケア加算が算定された患者(または病院)と算定されていない患者(または病院)のアウトカムを比較するだけでは,認知症ケア加算の真の効果を見ていることにはならない。そこで,統計学的手法を駆使して,認知症ケア加算がアウトカムに与える真の効果を推定することが必要になる。

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