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【識者の眼】「ワールドカップと人権問題」堀 有伸

No.5146 (2022年12月10日発行) P.61

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2022-11-29

最終更新日: 2022-11-29

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カタールでサッカーのワールドカップが開催されています。私がこの原稿を書いているのが、日本が奇跡的にドイツを撃破した後に、コスタリカに惜しくも敗れてしまった翌日です。リーグ戦を突破するのは容易ではない状況ですが、最後まで応援したいと思います。

ドイツ戦は、本当にハラハラドキドキとしながら見ていました。前半戦は本当に苦しく、その中でも耐えに耐えて、後半の少ないチャンスを生かして得点し、競り勝つことができました。選手たちの躍動する姿を見て、心が躍りました。

関連したニュースなどを見ている中で、ドイツ選手が試合前に口をふさいで写真を撮るパフォーマンスを行っていたことを知りました。開催国カタールは、豊富な天然ガスや石油などの資源を背景に開催権を手に入れました。そして、そのインフラ整備のための労働が非常に過酷なものとなり、インドやパキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカなどからの移民労働者が、2010〜2020年の間に6500人以上死亡したと英国のメディアが報じたそうです。それに対してカタール政府は、病気や交通事故による死者を除いた、ワールドカップ開催に向けた整備事業での死者は3人だけだったと反論しました。ドイツの代表選手たちのパフォーマンスは、そのようなカタール政府とそれを支持するFIFAなどの動きへの異議申し立てでした。

ここで私の心は混乱しました。以前に私は、東京オリンピックの金満体質について厳しく批判したことがありました。そうだとすると、今回のワールドカップはそれ以上の状況のようです。なぜそれを批判しないのでしょうか。しかし、自分はそのワールドカップでの試合を観戦することを、心から楽しんでいました。

矛盾して分裂している自分を認識するところから、心を整えることを始めたいと思います。個人的な経験から、「人権を守る人/守らない人」の線を引き、自分を守る人の側に置いて、守らない人を責める戦略は、つくづくうまくいかない、そこには真実が乏しいと感じるようになっています。問題のある形で開催されているワールドカップを心から楽しみにしている、ある意味で人権を守れていない自分を知り、そこから人権を大切にできる人間に近づいていくことをめざしたいと、最近は考えています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[人権を守る人/守らない人]

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